2018
04.15

とある風景(その188)

Category: とある風景
昨日、久しぶりに「布施のえべっさん」へお参りに行きました。

あと、布施の商店街へも行くのも楽しみなんですが、昔の賑わいが懐かしくなる程、人通りも少なく、閉店している商店が殆んどではないでしょうか?

私が小学生の頃は土曜日の放課後に「マクド」までハンバーガーを食べ行った事もええ思い出です。

当時、多分東大阪には布施にしかマクドがなかったと思いますので、わざわざ布施まで食べに行ったのですが、京橋の「ドムドムバーガー」も好きでした(^^)

それで、すっかり淋しくなった商店街を後にして、近くにある「三ノ瀬公園」で休憩しました。

山だと鮮やかな新緑を見て季節の移り変わりを感じますが、結構公園の緑もええ感じです。

しばし、新緑鮮やかな大きな木を眺めていました。

あれ、何の木やろ?

三ノ瀬公園にて

私公園でよく一休みします(於 東大阪市)
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2018
04.15

渋川町の地蔵尊(その2)

Category: 石仏
渋川町に地蔵尊があります。

石の地蔵堂内には石仏一体がまつられていましたが、詳しい事は分かりませんでした。

石仏は新しい時代のものの様で、個人の方がおまつりされているのでしょうか?

交通量の多い道路沿いにあります。

渋川町の地蔵尊2-1

渋川町の地蔵尊2-2

渋川町の地蔵尊2-3

交通安全祈願の為におまつりされているのでしょうか?(於 東大阪市)


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2018
04.15

田植宮

Category: 神社仏閣
「田植宮」は郡川にあります。

由緒等の詳しい事は分りませんでしたが、自然石に「田植宮」と刻まれた社標と石造の駒狐があります。

それで、この場所は旧大阪外環状線沿いになりますが、私が単車で柏原方面へ移動する際は通る機会が多く、また以前から自転車でも移動の際にも通っていましたので、ある事自体は分かっていました。

しかし、よく企業等でおまつりされているお社だと思っていました。

詳しい事は分りませんが、郡川に知り合いがいますので、お話しを伺おうと思っていたのですが、なかなかその機会がありません。

お社の前には田畑が広がっています。

田植宮1

田植宮2

田植宮3

田植宮4

田植宮5

田植宮6

田植宮7

何故こんこんさんなのか気になりますが(於 八尾市)

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2018
04.15

龍華寺跡

Category: 石碑
陽光園にある公立小学校の角地に「古蹟 龍華寺址」と刻まれた石碑が建てられています。

「龍華寺」については、現地に八尾市の設置した説明碑がありますので、そちらを御覧頂きたいと思いますが、寺跡地は小学校及びその西側周辺と推定されているそうで、その南側が旧大和川の堤防跡となっています。

天文二年(1533)に大和川が決壊した際、龍華寺は既に所在不明であったそうですが、氏神である「渋川神社」が流失し、家々の流出材や流木は、東大阪の花園まで流れ着いたのだそうです。

その後、龍華寺は渋川神社が現鎮座地に再建された後、天正年間に神社南側に神宮寺として再建されたそうですが、明治時代の神仏分離令により神社から分離し、その後小さな観音堂となったそうです。

それで、確認はしておりませんが「植松観音堂」に「元神宮寺」とありますので、御本尊の観音様は現在この場所でおまつりされているのでしょうか?

あと、石碑は昭和五年(1930)に当時の龍華町によって建てられたもので、当初は西方の道傍に建てられたそうですが、その後小学校の校内に移設され、更に現所在地へと移設されています。

龍華寺跡1

龍華寺跡2

龍華寺跡3

写真で石碑は見た事がありましたが(於 八尾市)
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2018
04.08

とある風景(その187)

Category: とある風景
先月は家の事情でブログの更新と山歩きを少しお休みしていましたが、今週から休日に自分の時間をとれる様になりましたので、久しぶりに山に行ってきました。

それで、本日は高安山から十三峠まで歩いてきましたが、気温は低めで台風並み(?)の強風が吹く中、取りあえず「鳴川峠」を目指します。

実は鳴川峠(または客坊谷)で下山する予定でしたが、あまりにも風が強かったので、十三峠で下山する事にしました(-_-;)

途中、ハイカーの方とも殆んどすれ違いませんでしたが、十三峠まで来ると多くのハイカーの方が歩かれ、十三峠は地元の方がお参りや散歩で歩かれる事も多い道の様ですので、手軽で人気コースなんでしょう(^^)

道も歩き易いですが、以前地元の方にイノシシの目撃情報と、ここではちょっと書けない恐い話(…)を伺いましたので、なるべく日中の人が多く歩かれる時間帯に歩く様にしています(?)

無事、麓まで辿り着きましたが、今年初めてれんげの花が咲いているのを見かけました。

先週、近くの緩衝緑地公園や恩智川沿いは、桜の花が綺麗に咲いていましたが、季節の移りかわりもこれからは週毎となっていくのでしょう。

次は生駒山のつつじが楽しみです。

れんげ

今はあまり季節感の無い時代ですが花を見ると季節を感じます(於 八尾市)
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2018
04.08

老原の地蔵尊(その2)

Category: 石仏
老原に地蔵尊があります。

地蔵堂内には石仏一体がまつられていますが、詳しい事は分りませんでした。

それで、地蔵堂前には線香立と花立がありますが、線香立には「観世音講」とありましたが、観音様もまつられていたのでしょうか?

すぐ近くにお寺があります。

老原の地蔵尊2-1

老原の地蔵尊2-2

老原の地蔵尊2-3

地蔵講はあるのでしょうか?(於 八尾市)
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2018
04.08

玉串町西の八代龍王

Category: 神社仏閣
玉串川と第二寝屋川の交差する場所の近くに「八代龍王」の社があります。

詳しい事は全く分かりませんが、この辺りは足を運ぶ事が多い場所で土地勘もありますので、20年位前にはお社があった様に思います。

それで、石造物の年号を確認しますと、昭和五十五年(1980)となっていました。

周囲の住宅に隣接して、取り囲まれる様におまつりされていますが、この場所におまつりされている理由は不明です。

あと、お社の建つ向きも気になりました。

玉垣、燈籠、手水鉢の石造物も立派なもので、社地は一戸建て住宅一軒分の敷地程はあるでしょうか?

玉串町西の八代龍王1

玉串町西の八代龍王2

玉串町西の八代龍王3

玉串町西の八代龍王4

玉串町西の八代龍王5

玉串町西の八代龍王6

何の知識も無い頃は地蔵堂と思っていました(於 東大阪市)
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2018
04.08

暗渠工事碑

Category: 石碑
上之島南町の住宅街に「暗渠工事」と刻まれた石碑が建てられ、水路が暗渠化された事が記されています。

八尾市の説明碑と良く似た形状のもので、碑文にはこの場所が「河内國若江郡上之嶋村」から、その後「中河内郡三野郷村大字上之島」となったとあります。

石碑は住宅街の中を通る狭い道路沿いに建てられていますが、その前を道路幅の4分の1程を占める暗渠が通っています。

それで、かつてこの地が中河内郡三野郷村であった時代、築留樋普通水利組合(現築留土地改良区)に属していた事から、玉串川から用水をまかなっていた事が分りますが、玉串川流域には多くの取水口(樋門)があり、それこそ網の目の様に小さな水路が張り巡らされたのでしょう?

実際、現在も玉串川からは多くの水路が引き込まれ、暗渠化された水路を目にする事が多くあります。

あと、平野部に限らずの生駒山から流れる谷川も、麓付近から平野部にかけて暗渠化されている事が多く、それは私の暮らす東大阪市域でも同じ事が言えます。

平野部では多くの水路が農地減少等の理由で埋立てられていますが、実際には多くの水路が暗渠となり、現在も残されている事になるのかも知れません。

耳をこらして聴くと、暗渠から水の流れる音が聞こえてきます。

暗渠工事碑1

暗渠工事碑2

三野郷尋常高等小学校文教場跡地の近くにありました(於 八尾市)
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2018
03.18

とある風景(その186)

Category: とある風景
今月は暖かい日もあり、薄着でも十分過ごせる日もありました。

それで、好きな山歩きも毎年この時期から徐々にその機会が減っていくのですが(暑いのが苦手で気温が20度位でもかなり暑く感じる私です)最近、思い出した様に自転車で出掛ける機会が増えました。

一時期、単車で探索する事が多かった事もあるのですが、私の中河内探索はこれまで何回も記しております様に、最初は自転車で始めました。

単車と徒歩の中間位でそこそこの距離も移動出来ますし、押して歩く事も出来ますので、結構機動性(?)が良いと言えば良いのかも知れません。

ですので、先月末から自転車に乗る事が多くなったのですが、今週は東大阪、八尾東部から八尾西部までぶらりとしてきました。

それで、久しぶりに「平野川」沿いを通ったのですが、その際に整備されて間もない様な遊歩道がありました。

はじめ「この遊歩道は何であるんやろう?」と少々思いましたが、よく考えると平野川は流路が改修されていますので、遊歩道は旧流路だと気が付きました。

しかし、改修後の現在も結構ジグザグに流れていますが、昔はもっとジグザグに流れていたんでしょう。

実際、遊歩道はほぼ直角に向きを変えていましたので。

「昔はここを流れてたんやなぁ」とそんな事を思いながら遊歩道を通っていたのですが、話しは変わって最近「川」の記事が全く書けないでいます。

書くのに結構時間がかかりますし、調べる事も多いのがその理由なんですが、そろそろネタも尽きかけてますので、そろそろ書かんとあかんなと、最近よう思います。

まあ、ブログの更新も滞る事も多くなりましけど、まだまだ続けますんで(^^)

平野川跡遊歩道1

昔はここを柏原船が通っていたかと思いますと…(於 八尾市)
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2018
03.18

横沼町の地蔵尊(その2)

Category: 石仏
横沼町に地蔵尊があります。

地蔵堂内には石仏一体がまつられていましたが、詳しい事は分りませんでした。

それで、小さな地蔵堂で気が付き難い場所にありました。

石仏は新しい時代のものかと思います。

横沼町の地蔵尊2-1

横沼町の地蔵尊2-2

横沼町の地蔵尊2-3

地蔵堂横にあるのは燈籠でしょうか?(於 東大阪市)
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2018
03.18

吉田本町の社

Category: 神社仏閣
吉田本町に社があります。

よくある企業でおまつりされているもので、扁額には「天照皇大神」「白高大神」「豊玉大神」とあります。

詳しい事は全く分かりませんが、燈籠、狛犬、手水鉢等の石造物があります。

それで、この場所は自宅から然程遠くない場所で、私がこの辺りで暮らす様になって20年以上経ちますが、その頃既にこの場所でおまつりされていたと思います。

あと、特徴ある白の鳥居ですが、かつて私の実家近くに鎮座している、七軒家の「山科神社」も白の鳥居でした。

現在は石鳥居となっています。

吉田本町の社1

吉田本町の社2

吉田本町の社3

吉田本町の社4

昨日も今日も横を通りました(於 東大阪市)
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2018
03.18

三野郷尋常高等小学校文教場跡地

Category: 石碑
上之島町南に「三野郷尋常高等小学校文教場跡地」の石碑が建てられています。

碑文によりますと、明治二十年(1887)に上之島尋常小学校が開校され、その後は大正十四年(1925)から昭和三十年(1955)まで、三野郷尋常高等小学校文教場となったとあります(尋常小学校は大正十三年より)

それで、尋常高等小学校と尋常小学校、高等小学校の違いの説明は省略させて頂きますが、碑文によりますと尋常小学校文教場となった後に尋常高等小学校文教場となった事が分ります。

あと、本校である「三野郷尋常高等小学校」は現在の玉串元町にあり、その跡地にも「三野郷尋常高等小学校跡地」の石碑が建てられています。

八尾市にはかつて学校施設がその地に存在した事を、後世に伝える石碑が多く建てられていますが、私の暮らす(出身地)東大阪市は同様の跡碑が殆んど見られません。

私が卒業した小学校もそうですが、東大阪には百年以上の歴史がある小学校も多くあります。

個人的にはこの様な跡碑の設置を望んではいるのですが…

検討して頂きたいです。

三野郷尋常高等小学校文教場跡地1

三野郷尋常高等小学校文教場跡地2

三野郷尋常高等小学校文教場跡地3

今は駐車場になってます(於 八尾市)

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2018
02.25

とある風景(その185)

Category: とある風景
荒本に新しく市役所が建設されたのに伴い、稲葉にあった旧市役所が取り壊され、その跡地に立派な中消防署が建設されました。

元々、消防署も隣接してあった様に思いますが、私は旧布施市出身で普段は永和にあった西支所(旧布施市役所)を利用していましたので、稲葉にあった市役所の事を本庁と呼んでいました。

御存知の様に稲葉にあった旧市役所はかつての旧河内市役所でしたが、合併前の三市の内で旧庁舎が現存するのは、旧枚岡市役所のみとなってしまいましたが、残念ながら建て替えの話も耳にしています。

それで、旧布施市域が管轄であったと思いますが、御厨栄町には西消防署があり、久ぶりに通りがかると新たに庁舎が建替えられていました。

新しく立派になった西消防署ですが、何か足りない様な気がしましたが、それは「望楼」が無い事でした。

実は私が小学生の頃、社会見学でこの西消防署を訪れた事があり、その際望楼に上って周辺を見渡した事があります。

あと、かなり記憶が曖昧ですが、その際はしご車のはしごを最大に伸ばす様な実演があった様に思います。

それで、新消防庁舎に望楼が設置されなかった理由は分かりませんが、現在の技術等で不要になったのでしょうか?

今では高層の建物が多くなり、当時と比べて見渡しも悪くなったと思いますが…

西消防署

以前と比べて明るい感じの建物になりました(於 東大阪市)
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2018
02.25

四ツ辻地蔵尊

Category: 石仏
「四ツ辻地蔵尊」は幸町にあります。

地蔵堂内には石仏一体がまつられていましたが、詳しい事は分りませんでした。

あと、地蔵堂横に立派な改修記念碑が建てられています。

小さなお地蔵様でした。

四ツ辻地蔵尊1

四ツ辻地蔵尊2

四ツ辻地蔵尊3

四ツ辻地蔵尊4

沢山お菓子が供えてありました(於 八尾市)
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2018
02.25

防火水槽(その5)

Category: その他
久しぶりに八尾で「防火水槽」を見かけました。

この防火水槽に関して詳しい事は分かりませんが、何故か裏返しにしてあります。

苔が生えていますので、長らくこの状態で置かれていたのだろうと思いますが、道路上に無造作に置かれている感じです。

それで、私がこれが防火水槽と言う事を知ったのは、ネット上で長年お付き合いさせて頂いております、山本龍造氏のブログを拝見したのがその始まりです。

ですので、今回氏のブログを拝見させて頂きますと、やはり取り上げられていましたので、この防火水槽に関しては「こちら」を是非御覧頂きたいと思います。

私は氏の様な気の利いたコメントは出来ませんので(-_-;)

尚、了承無く勝手にリンクさせて頂きました。

防火水槽5-1

防火水槽5-2

防火水槽5-3

すっかり忘れていましたがコメントさせて頂いてました(於 八尾市)
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2018
02.18

とある風景(その184)

Category: とある風景
今日は軽く枚岡展望台までハイキングに行った後、郷土博物館へ観覧に行ってきました。

あと、久しぶりに山畑の集落へ足を運んでみましたが、空き家が多くなっている様に思いました。

それで、山畑は「花草神社跡」のある場所で、何度も足を運んだ時期もありましたが、今日久しぶりに訪れました。

その後「河内寺廃寺跡」へと行ってみましたが、以前は原っぱみたいな場所で、現在は綺麗に整備されています。

楽しい仕掛け(?)もありますが、私は試した事がありません(-_-;)

東大阪では珍しい廃寺跡が整備された場所ですが、礎石の実物は地中にあるとの事です。

他の場所にある礎石は実物を公開している事が多いと思いますけど?

河内寺廃寺跡

もうひとつ何か工夫が欲しい感じもするのですが(於 東大阪市)
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2018
02.18

子守北地蔵尊

Category: 石仏
「子守北地蔵尊」は永和にあります。

地蔵堂内には石仏一体がまつられていますが、詳しい事は分りませんでした。

あと、石と食器も納められています。

公園の一角にまつられていました。

子守北地蔵尊1

子守北地蔵尊2

子守北地蔵尊3

子守北地蔵尊4

前の西支所の南側にありました(於 東大阪市)
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2018
02.18

髙倉大神

Category: 神社仏閣
「髙倉大神」は山手町にあります。

額田谷(長尾渓)沿いにある寺院にまつられていますが、詳しい事は分りません。

それで、石造物等の年号確認はしていませんが、鳥居は私の地元である、稲田の方が奉納されていました。

長尾谷は歩く機会が多く好きな道で、下山時にこの寺院の方(作務衣を着た僧侶の方)とすれ違うと、ご挨拶して下さいます。

寺院についても詳しい事は分りませんが、以前取り上げた地蔵尊もこの場所にあります。

髙倉大神1

髙倉大神2

髙倉大神3

髙倉大神4

八代龍王がまつられています(於 東大阪市)
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2018
02.18

永久橋の親柱

Category: 石橋
先週に引き続き、今週も石橋の親柱を取り上げたいと思いますが、今回は平野川に架けられていたと思われる「永久橋」の親柱です。

御覧の様にブロック塀に囲まれて一基が保存され、正面に「六反 永久橋」と刻まれ、文化八年(1811)の年号があります。

それと、世話人が連名で刻まれていますが、太子堂村、川邉村、六反等の村名が見られます。

それで、この親柱は「六反」と刻まれている事から、平野区にあるものと思い込んでいたのですが、先週「好美橋」の記事を書いている際、この親柱の事を思い出しました。

所在地を確認しますと、跡部南の町でしたので、急遽(?)取り上げた次第です。

あと、橋名の由来等は分かりませんでしたが、亀井南町の平野川沿いにある「永代橋」の親柱にも「永」の文字があります。

何か関連性があるのでしょうか?

尚、二枚目の縦長の写真は、10年以上前に初めて購入したデジカメで撮影した永久橋の親柱です。

永久橋の親柱1

永久橋の親柱2

親柱も下部は道標の様になっているんですね(於 八尾市)


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2018
02.12

とある風景(その183)

Category: とある風景
私の中河内探索のきっかけは、40歳を越えて始めた自転車がきっかけなのですが、ここ最近はもっぱら山歩き等の徒歩と単車がメインとなってしまいました。

しかし、時折思い出した様に自転車でぶらぶらしに行く事があるのですが、昨日強風の中を玉串川に沿って柏原の手前(…)まで行って来ました。

それで、最近高安山を歩く際、近鉄の花園駅から山本駅までバスを利用しているのですが(帰路は徒歩が多いですが)車窓から玉串川沿いを眺めていると、結構様々な石造物があり、ここでも取り上げています。

それで、昨日ゆっくり観察するつもりで足を運んでみたのですが、本日取り上げた石橋の親柱が数基保存されています。

これら親柱は順次取り上げて行く予定ですが、ネタ切れ寸前の当ブログにとって新たなネタが増えた次第です。

あと、玉串川も上流より護岸工事が進められていますが、少し前の風景と徐々に変わってきているかと思います。

親水施設等も整備され、かつての基幹水路も今では地域住民のくつろぎの場となっている感がありますが、用水路としての用途は現在どれ位のものなのか?私的には以前より気になっている事であります。

尚、今日は生駒山へ歩きに行って来ましたが、雪道を歩いて楽しかったです。

ちょっと滑ってしまいましたが(-_-;)

玉串川の護岸工事

雪の生駒山1

雪の生駒山2

自転車は徒歩と単車の中間で機動性?がありますので(於 八尾市・東大阪市)


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2018
02.12

大蓮地蔵尊

Category: 石仏
「大蓮地蔵尊」は大蓮南にあります。

地蔵堂内には石仏一体がまつられていましたが、詳しい事は分りませんでした。

それで、地蔵堂に貼り紙がしてあり、備品がいたずらされているそうで、警察にしたとの旨が記されていました。

お地蔵様には手を合わせて欲しいものです。

大蓮地蔵尊1

大蓮地蔵尊2

大蓮地蔵尊3

大蓮地蔵尊4

何で悪さするのか分かりませんが(於 東大阪市)
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2018
02.12

天川神社

Category: 神社仏閣
「天川神社」は恩智越え(中信貴街道)の途中にある尾根にその石碑が建てられています。

手持ち資料に記述が見当たりませんでしたので、インターネットで調べたところ、恩智神社の末社である「天川神社」の元鎮座地なのだそうです。

詳しくは関連サイトを御覧頂きたいと思いますが「枚岡神社」にも「神津嶽」と呼ばれる、神社上方の生駒山中腹に元鎮座地があり、社殿が造営され鳥居等の石造物が建立されています。

あと、かつて恩智神社の神宮寺であった「感応院」の山号が「天川山」であるのは、何か関連があるのでしょうか?

引き続き調べてみたいと思っています。

天川神社1

天川神社2

天川神社3

石碑と言うより社標と言った方がええかも知れませんが(於 八尾市)
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2018
02.12

好美橋の親柱

Category: 石橋
串川沿いに「好美橋」の親柱が残されています。

親柱は二基残され、それぞれに「好美橋」「与しみ橋」と刻まれていますが、年号等は確認出来ません。

それで、一基には橋名が漢字、一基にはひらがなで表示され、これは現在架橋されている橋にも同様の表示がされている事が多いのですが、ひらがな表示の親柱には変体仮名が使用されているのが、古い時代の石橋の特徴と言えるかと思います。

あと、橋の袂に保存されていますので、この橋が「好美橋」かと思われますが、現在は橋名の表示も無い小さなコンクリート製の橋となっています。

地元の方々が架け替えに際し名残惜しく、保存される事になったのでしょうか?

好美橋の親柱1

好美橋の親柱2

好美橋の親柱3

八尾市のゴミ袋ってこんなんですか(於 八尾市)

Comment:2
2018
02.04

とある風景(その182)

Category: とある風景
ブログの更新は滞っていますが(?)山歩きはこの寒い中、ほぼ毎週行っております。

本日はここ最近の楽しみの一つとなっています『ケーブルカーに乗り』高安山へと行ってきました。

それで、信貴山口からケーブルに乗り間もなくすると、雪が降り始めたので「やばいなぁ」と思ったのですが、高安山駅に到着すると、ほぼ吹雪状態となってしまいました。

歩くのやめて帰ろうかなと思いましたが、とりあえず「ごじゅうからガーデン」で様子を見ていると「通り雪」だった様で、天気も回復してきました。

只、風はかなり強かったです。

その後、恩智峠まで歩き、途中で地元のハイカーの方とお話ししてから下山し「恩智神社」にお参り後、再び信貴山口まで行き、八尾の歴史民俗資料館で観覧してから、ぼちぼちと家(花園ラグビー場近く)まで歩いて帰りました。

天気は良かったですが、風は平地でもかなり吹いていましたので、体感でかなり気温が低く感じました。

ですので、今日は一杯やらずにそのまま帰宅しました。

先週は石切参道商店街の行き付けのうどん屋さんで、ビール飲んで帰りましたが。

尚、分かり難いですが、ベンチにある白いものは吹き込んだ雪です。

ごじゅうからガーデンにて

来週もどっか行きます(於 八尾市)
Comment:6
2018
02.04

本町の延命地蔵尊

Category: 石仏
本町に「延命地蔵尊」があります。

地蔵堂内には石仏一体がまつられていますが、詳しい事は分りませんでした。

蓮華座は木製で三途の川の絵が掲げられていました。

時代の新しいものに見えました。

本町の延命地蔵尊1

本町の延命地蔵尊2

本町の延命地蔵尊3

本町の延命地蔵尊4

本町周辺は地蔵堂が多いですわ(於 八尾市)

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2018
02.04

足代の白龍大神

Category: 神社仏閣
「白龍大神」は足代にあります。

由緒等の詳しい事は全く分かりませんが、木製の燈籠と陶製の狛犬があります。

おまつりされている場所は近鉄の高架下ですが、これまで全く気が付きませんでした。

確か「モモヤ」の近くに踏切があった様に記憶していますが、近鉄奈良線の高架前からおまつりされていたのでしょうか?

商店街が線路を横切っていますので、この場所にも踏切があった様に思いますが。

足代の白龍大神1

足代の白龍大神2

足代の白龍大神3

足代の白龍大神4

気が付き難いですね(於 東大阪市)
Comment:0
2018
02.04

八尾の史跡

Category: その他
恩智にある野外活動センター近くに「八尾の史跡」の案内板が設置されています。

これ結構大きなものでして、八尾東部を主に史跡や寺社等が案内されています。

それで、私もかれこれ中河内探索を始めて15年程になり、案内されている史跡等は全て訪れていますと言いたいところですが、唯一1カ所だけ訪れていない場所があります。

それは大窪にある「ドルメン古墳」なのですが、過去数回(10回近く?)訪れようと足を運びましたが、これまで一度も辿り着けた事がありません…

現地に案内板等が設置されていますので、いつも「行けるやろ」と思っているのですが、何故か一度も辿り着けないでいます。

訪れた方がブログ等で取り上げられていますので、きちんと調べて行けば良い話しなのですが、いつも近くを通りがかった際に「ドルメンってこの辺やろ」って感じで、思い付いた様に訪れてみようと思うのが、辿り着けない理由だと思います。

しかし、この辺りは全く土地勘が無いと言う訳でも無く、逆に農免道路周辺は神立の茶屋辻から神光寺辺りまで、単車で頻繁に訪れていますし、高安山や信貴山歩きの帰路にも通る事が多い場所です。

まあ、その内辿り着く事が出来るでしょう(^^)

でも、私有地にあると聞いた事もあるのでどうなんでしょうか?

八尾の史跡

ですのでドルメン古墳の写真はありません(於 八尾市)
Comment:0
2018
01.21

とある風景(その181)

Category: とある風景
この時期休日は山歩きをする事が多いのですが、その合間を縫って東大阪市内を中心に探索も続けております。

それで、私の出身地域である旧布施市域をよくぶらぶらしますが、この地域には私が幼少の頃に家庭で使われていた「ゴミ箱」を見かける事がよくあります。

結構な数が残っているのではないかと思う程、頻繁に見かけるのですが、このゴミ箱を見て懐かしいとは別に思いません(-_-;)

何故でしょうか?

旧河内市域でも見かける事がありますが、旧枚岡市域で何故か見かける事はあまりありません(何か理由があるのでしょうか?)

それで、写真は昨日見かけたゴミ箱ですが、そのゴミ箱の置いてあるお宅の窓にクーラー(?)が取り付けてあり「GE」のロゴがありました。

所謂「舶来の製品」となるのでしょうが、この製品と同時期にナショナル等の国産品が販売されていたのかは不明ですが、いずれにせよ当時は高級品であったかと思います。

只、私は飛行機が好きですので、ゼネラルエレクトリックと言えばジェットエンジンの製造メーカーと言う感があります。

この会社は様々な製品を製造している様ですが。

因みに、あのロールス・ロイスもジェットエンジンを製造しています。

ゴミ箱1

GE

ゴミ箱2

ゴミ箱3

結構残ってます(於 東大阪市)
Comment:4
2018
01.21

延命一願地蔵尊

Category: 仏像
「延命一願地蔵尊」は渋川町にあります。

地蔵堂内には鋳造の地蔵菩薩、十一面観音菩薩、不動明王、弘法大師がまつられいますが、詳しい事は分りませんでした。

地蔵菩薩は合掌されていますが、お体が違う色をしているのは、何か理由があるのでしょうか?

延命一願地蔵尊1

延命一願地蔵尊2

鋳造仏は工芸品の様です(於 東大阪市)
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2018
01.21

中野西同行会所地跡

Category: 石碑
中野に「中野西同行会所地跡」と刻まれた石碑が建てられています。

平成二十六年(2014)に建てられた新しい石碑ですが「同行会所地」とは、どの様なものなのか?詳しい事は分りません。

碑文に「浄土真宗本願寺派 浄福寺」とありますが、同行とありますので、中野の方で組織されている講的なものがあるのでしょうか?

浄福寺をインターネットで調べてみますと、実在する寺院の様ですが「会所地」についても調べてみますと、町割りの中央に設けた四方の空地の事だそうで、本件につては詳しい事は分りません。

あと私の推測となりますが、鴻池新田会所の様な施設の跡、または行者堂様な講の施設の跡では?とも思いましたが、全く確証はありません。

それで、元禄年間の中野村の記録によりますと、当時村内にあった寺院は「西善寺」のみですが、大正時代以降に廃寺となったと思われ、現在は跡碑が建てられています。

結局、詳しい事は分りませんでしたが、また機会があれば地元の方にお話しを伺えたらと思います。

一番確実ですので。

中野西同行会所地跡1

中野西同行会所地跡2

更地になっています(於 東大阪市)

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