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鐸比古大神

「鐸比古大神」は高尾山にあります。由緒等の詳しい事は分りませんが「高尾大明神」と呼ばれていたそうで、山頂は磐座となっており、そこに祠がまつられています。この場所は「鐸比古鐸比賣神社」の元鎮座地だそうで、中世にこの高尾山の頂上から現鎮座地へと遷座されたそうです。それで、昨年初めて高尾山を歩きましたが、私は超高所恐怖症ですので、祠の写真を撮影する為に岩盤を降りるだけで冷汗が出てしまいました(>_...

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大窪の祠

大窪に祠があります。詳しい事は全く分かりませんが、初めてこの祠の前を通ったのが、数年前になります。それで、祠前を通る道を東へ行きますと、道標が建てられていますが、その後調べるとこの道は「おと越えの道」だと言う事を知りました。かつて、信貴山への参詣道としても利用されていたそうですが、現在は通行困難となっています。昔からまつられているのでしょうか?(於 八尾市)...

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丸国﨔稲荷大明神

「丸国﨔稲荷大明神」は久宝寺寺内町にあります。由緒等の詳しい事は全く分かりませんでしたが、民家の一角「古口」の近くにあります。あと、別の場所にもお社がありますが、こちらも詳しい事は分りませんでした。小さな赤い鳥居でしたので、お稲荷さんかと思いお社の中を覗くと、巳さんがまつられていました。石が置いてあります。ほんま、なんやほっとします(於 八尾市)...

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吉照稲荷大明神

「吉照稲荷大明神」は亀井町にあります。由緒等の詳しい事は全く分かりませんでしたが、亀井村の氏神である「跡部神社」の西側にまつられています。この場所は旧西亀井村にあたるかと思われますが、いつ頃からおまつりされているのでしょうか?年に一度ほど訪れる場所ですが。石造物はありません?でした(於 八尾市)...

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天湯川田神社

「天湯川田神社」は高井田に鎮座しています。由緒等の詳しい事は、境内に柏原市の設置した説明板と参道入口横に説明板がありますので、そちらを御覧頂きたいと思います。それで、石造物については、拝殿前にある一対の狛犬の台座には、天保十五年(1844)の年号が刻まれていますが、狛犬には平成二年再建、同様に一対の燈籠にも平成二年再建とあります。他の石造物については、新しい時代のものや、年号が確認出来ないものとな...

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瓢箪山稲荷神社

「瓢箪山稲荷神社」は瓢箪山町に鎮座しています。東大阪では枚岡神社と石切さんと並び、誰もが御存知の瓢箪山神社について、由緒等は説明する必要もないかと思いますが、境内に説明板がありますので、詳しくはそちらを御覧頂きたいと思います。それで、旧社格は村社となっていますが氏地は無く、一般崇敬者によって維持されており、石造物に刻まれた寄進者名等からもその信仰圏の広さが分かりますが、以前取り上げました四条村の山...

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梅之家神社

「梅之家神社」は円明町にありました。詳しい事は全く分かりませんでしたが、社標のみが参道(?)入口に建てられています。社殿等の建物はなく、民家の様な建物があります。年に2、3度神社横の道を通る事がありますが、その後の調査は致しておりません(-_-;)植えてあるのは梅木でしょうか?(未確認)玄関に注連縄が掛けられていました(於 柏原市)...

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国分市場の祠

国分市場に祠があります。詳しい事は全く分かりせんが「国分神社」の社地内(?)にありますので、何らかの関係があるのでしょうか?あと、何故か祠の前には珍しい石が置かれています。旧街道沿いにありますので、旅人の安全を祈願する守り神としておまつりされているのでしょうか?横に地蔵尊があります(於 柏原市)...

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稲荷大明神

「稲荷大明神」は若江本町にあります。由緒等の詳しい事は分かりませんが、かなり以前にこの界隈を歩いている際に気が付き、写真撮影だけしておきました。木造の鳥居と石造のお社の前には一対の狛狐がありました。何処にあったのか?その場所を忘れていましたが、数年前から使用していますGPSロガーに所在地が記録されていましたので確認すると、若江本町となっていました。たまたま通りがかりました(於 東大阪市)...

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鴨高田神社

「鴨高田神社」は高井田元町に鎮座しています。由緒等の詳しい事は境内に市の設置した説明板と立派な由緒略記がありますので、そちらを御覧頂きたいと思います。それで、境内には多くの石造物があり、説明板にも記されていますが、主に燈籠が多く、参道にある一対の燈籠には竿に「八幡宮」「高井田村」と刻まれ、享保十三年(1728)の年号があり「常夜燈」「八幡宮御宮前」と刻まれた燈籠には、安永三年(1774)の年号があ...

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矢作神社

「矢作神社」は南本町に鎮座しています。由緒等の詳しい事は、境内に八尾市の設置した説明碑と由来が記された石碑がありますので、そちらを御覧頂きたいと思います。それで、境内には多くの石造物がありますが、その中でも燈籠が多く、鳥居の側にある竿に「八幡宮」と刻まれた一対のものが、寛政十一年(1799)注連縄柱の前、基礎に「宮講中」と刻まれた一対のものが、天保五年(1834)摂社前にある竿に「應神天皇 牛頭天...

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東本町の稲荷社

東本町に「稲荷社」があります。由緒等の詳しい事は全く分かりませんでしたが、実のところ稲荷社かどうかも分かりません(…)鎮座地は「長柄神社跡」のすぐ北に隣接してあります。それで、石造物に関しては竿の部分に「㊎ 常夜燈」と刻まれた、明治二年(1869)の年号がある金毘羅燈籠一基があり、同じく線香立てにも「㊎」と刻まれています。あと、百度石と自然石(?)と不動明王がまつられています。詳しい事は分らないの...

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伯太姫神社

「伯太姫神社」は円明町に鎮座しています。由緒等の説明は省略させて頂きますが、明治四十年(1907)に「誉田神社」に合祀され、終戦後の昭和二十一年(1946)に村人の総意により、元の鎮座地に復社しています。あと「白山権現」とも称された、式内社となっています。それで、境内の石造物に関して年号が確認出来たものは参道石段沿いに建つ燈籠に、天保十四年(1843)の年号がありましたが、文字の彫が浅い事と風化も...

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上四条町の祠

上四条町に祠があります。御覧の様に祠の扉は閉ざされ、鍵が掛けられています。祠内には神様がまつられているのか?それとも仏像がまつられているのか?全くもって不明です。長年気になっていますが、別に調べると言う事もしておりません(…)いつもこの場所を通る度にこの祠の事を思い出し、見に行ってはいますが、いつも扉は閉ざされています。とりあえずカテゴリーは神社仏閣とさせて頂きます(於 東大阪市)...

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田辺春日神社

田辺に「春日神社」が鎮座しています。由緒等の説明は省略させて頂きますが、国分村の枝郷である「田辺」の氏神で、明治40年(1907)に「岩井稲荷神社」を合祀しているとの事です。それで、境内の石造物に関して年号が確認出来たものは、鳥居が元禄十五年(1702)の造立で、これは「赤穂浪士討ち入り」のあった年となります。拝殿前の狛犬は、弘化四年(1847)年号がありますが、燈籠は昭和十八年(1943)の戦時...

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西郡天神社

「西郡天神社」は泉町に鎮座しています。由緒等の説明は省略させて頂きますが、旧社格は第十二区村社で、因みに第十二区にはあと「若江鏡神社」と「加津良神社」が鎮座し、それぞれ郷社と村社となっています。それで、境内には多くの石造物がありますが、その中でも燈籠が多く、年号の確認出来たもので最も古い時代のものは、参道にある一対の燈籠で、享保元年(1716)の年号があり、竿の部分が円柱となっています。鳥居後の一...

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恩智惣池の社

「恩智惣池」に社があります。詳しい事は全く分かりませんで、一対の燈籠と狛犬があります。石造物の年号を確認していませんので、社の造営された時代も分かりませんが、狛犬と台座の石材が同じ石材ではない様に思います。「恩智神社」の境外末社では?と思いましたが、確認はしておりません。惣池が改修された頃にまつられたのでしょうか?池が改修された際におまつりされたのでしょうか?(於 八尾市)...

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国分東条町の祠

国分東条町に祠があります。詳しい事は全く分かりませんで、たまたま道に迷った際にありました。以前から時折側は通る事はありましたが、離れた場所からだと祠と気が付きませんでした。村の北にありました。コンクリート製の立派な祠です(於 柏原市)...

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熊野神社

「熊野神社」は楽音寺に鎮座しています。詳しくは境内に「熊野神社分神鎮座記念碑」が建立されていますので、そちらを御覧頂きたいと思いますが、明治四十年(1907)に「玉祖神社」に合祀され、記念碑にもあります様に昭和三十一年(1956)に復社しています。あと少々補足しますと、かつて熊野神社は金比羅屋敷(権現屋敷)と呼ばれる場所に「楽音禅寺」と共に鎮座していたそうですが、楽音禅寺は既に廃絶し薬師堂が残るの...

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朝日大神

「朝日大神」は荒本にあります。由緒等の詳しい事は分りませんでしたので、私が神社の記事を更新する際に参考にさせて頂いていますサイトに寄りますと、社名は「朝日大神」となっていました。以前は鳥居に扁額が掲げられていた様ですが、現在は掲げられていません。いつの時代からおまつりされていたのでしょうか?結構以前からあるのは知っていましたが詳細は分かりません(於 東大阪市)...

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意岐部神社

「意岐部神社」は延喜式神名帳に記載された式内社ですが、その所在は判明せず論社となっています。詳しくは「長田神社」の拝殿に市の教育委員会が掲示した説明文がありますので、そちらを御覧頂きたいと思いますが、その説明に少々補足したいと思います。現在、意岐部神社と推定される神社として「長田神社」と「御厨天神社」の二社があり、意岐部神社を受け継ぐものとして「長田村」と「御厨村」が、それぞれの氏神がそれと主張し...

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上小阪八幡神社

「上小阪八幡神社」は上小阪に鎮座しています。由緒等の詳しい事は省略させて頂きますが、鎮座地は旧上小阪村の南を通る「十三街道」沿いの「西ノ町」と呼ばれる場所となっています。それで、境内の石造物に関しては、拝殿前の狛犬に天保十年(1839)の年号があり、台座には「伊勢講地中」と刻まれ、講員の名が刻まれています。あと、鳥居の傍にある一対の燈籠に元文二年(1732)社務所・手水舎横の燈籠に文化元年(180...

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田井中の神剱神社

「神剱神社」は田井中に鎮座しています。由緒等の詳しい事は境内に立派な由来記がありますので、少々写真が見難いですが、そちらを御覧頂きたいと思います。因みに旧社格は第十八区村社となっています。それで、石造物に関しては拝殿前の一対の燈籠は大正時代のものですが、本殿前にある一対の燈籠は文久二年(1862)の造立だそうで、鳥居横のものが貞享元年(1684)他の二基も同じく貞享元年の年号があります。あと、拝殿...

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喜里川町の愛宕神社

喜里川町に「愛宕神社」があります。由緒等の詳しい事は調べてみましたが、全く分かりませんで、合祀によって廃社となった神社中にも愛宕神社の社名はありませんでした。それで、御覧の様に小さな祠堂と御堂が三棟並んでいますが、それぞれ「地蔵堂」「愛宕神社」「観音堂」となっています。あと、愛宕神社前には「愛宕山大権現」と刻まれた燈籠一基が建てられていますが、年号等は確認出来ませんでした。お地蔵様、神様、観音様が...

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八阪神社

「八阪神社」は西山本町に鎮座しています。由緒等の詳しい事は境内に由緒略記がありましたので、そちらを御覧頂きたいと思います。現在、鎮座地は西山本町となっていますが、旧中野村の氏神で、明治四十年(1907)に「八尾神社」に合祀されたそうですが、復社時期について詳しい事は分かりませんでした。それで、境内の石造物に関してですが、年号が確認出来たものについては、殆んどが昭和時代の造立となっており、最も古いも...

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鐸比古神社分社

「鐸比古神社分社」は法善寺にあります。正式な社名は分かりませんでしたが「鐸比古神社分社金比羅大権現」と手持ち資料にはありました。あと、由緒等の詳しい事も全く分かりませんでしたが、境内には燈籠が二基あり「金比羅大権現」と刻まれ、一基は倒壊し、年号は確認出来ませんでした。その他に石碑が二基あり、大きく立派な石碑は「贈従五位田中楠之助碑」と刻まれています。この石碑は昭和三年(1928)に建てられたもので...

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郡川の祠

郡川にある「玉祖神社の御旅所」のすぐ近くに祠があります。詳しい事は全く分かりせんが、最初は地蔵堂と思いました。ここへはちょくちょく来てます。御旅所の注連縄柱と同じ向きに建てられています(於 八尾市)...

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波牟許曽神社

「波牟許曽神社」は長瀬町に鎮座しています。詳しくは境内に由緒書がありましたので、そちらを御覧頂きたいと思いますが、大正元年(1912)に「長瀬神社」に合祀されています。廃社後、旧社地には跡碑が建てられたそうですが、大正三年(1914)に「伊邪那伎大神」「伊邪那美大神」「天照大神」を勧請し祭祀が続けられたそうです。その後、昭和時代に復社したそうですが、それが理由なのか?境内の石造物に江戸時代のものは...

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大龍禅寺不動院

「大龍禅寺不動院」は日下町にあります。詳しい事は調べずに書いておりますので、由緒等は分かりませんが、境内はこの様になっています(笑)あと、石造物も多数ありますが、そちらの方も説明を省略させて頂きます(実は殆んど調べておりません…)それで、ここへは度々訪れていまして、今月も2度訪れています。以前取り上げた旧孔舎衛坂駅跡にある道標はこの場所を案内するものだと思われ、道標にある「くさかたき」も近くにある...

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巳白神社

「巳白神社」は太田に鎮座しています。由緒等の詳しい事は全く分かりませんで、境内には稲荷神もまつられ、数基の石造物がありますが、石造物からも創建年代は推測出来ませんでした。狛犬はありませんが、石柱燈籠(?)一基、東宮殿下御成婚記念碑、あと理由は分かりませんが水準点があります。それで、太田には定期的に訪れていますが、その理由は江戸時代に大和川付替えが行われた際、大田村は付替えに反対した村で村領の一部が...