2011
04.23

新開池と深野池

Category: 旧大和川
「新開池」と「深野池」は江戸時代、大和川が付替えられるまで、北河内から中河内にかけて存在していました。

付替え後、川床と共に池床も開墾され「新田」と呼ばれる土地に生まれ変わる事になります。

この「新田」と呼ばれる土地は中河内、北河内に住む人々の生活にこれまで深く関わり、当然私も関わった住人の一人となります。

そして、新田開発された中で最大規模のものが、新開池床跡の「鴻池新田」で、調べて行くうちに個人的にも私にとって非常に深く関わっていた事が分かりました。

この事はこれまで全く知らなかった事でして、初めてこの事実を知った時、非常に驚いてしまいました(その内容は非公開ですが…)

それで、二つの池の詳細についてはインターネット等で簡単に調べる事が出来ますので、その説明は今回省略させて頂きますが、二つの池は写真の様に存在していました。

これは東大阪市の設置した説明板を撮影したもので「池」と言うよりは、湖程の規模だった事が分ります。

物の本によると、新開池は周囲三里(約12km)深野池は南北二里(約8km)東西一里(約4km)とあります。

具体的には新開池の東端が、現在の古箕輪、川田、加納辺りで、西端が私の地元徳庵橋付近、深野池は北端が四条畷、南端が東大阪と大東の境界付近だったと思われます。

まあこれだけ広範囲だと川床に比べ、池床は非常に分かり難いかと思いますが、休日を利用して地道に(?)池床跡を探索しています。

しかし、池床跡は川床跡より何か神秘的な感じがします。

他の旧大和川とは違い、それ程記事を更新する事は出来ないかも知れませんが、また何か興味深い事があれば更新したいと思います。

あと、説明の為の地図等を私が作成する事は無く、市町村の設置した説明板、その他の写真を使用する事になりますので御了承願いたいと思います。

深野池と新開池

大和川流域絵図

新田

現代に生きる私にはやはりこんな大きな池があった実感が少ない気がします(説明版の設置場所 東大阪市)
コメント
 こんばんは ナムダーさん
学研都市線の車窓から夢想してます(笑)

深野池は深北緑地からある程度イメージ
出来ますが、新開池は宏大過ぎて想像の
域を超えます(汗)。
で 二枚の写真から深野池には南から
吉田川・恩智川が 北からは寝屋川が
流入、新開池には南から菱江川・楠根川
・長瀬川が 北から古川が流入し下流で
平野川・猫間川と共に大川に合流する様
に読めますが、是で正しいでしょうか
(笑)。

ロマンですね
難波のやっちゃんdot 2011.04.24 19:55 | 編集
難波のやっちゃんさんへ

コメントありがとうございます。
私、暖かくなると深北に良く行くんですよ。
その時、河内街道から一面に広がる田んぼを見ると、それが何となく水に見えたりします。
手持ちの絵図に飯盛山のふもと近くまで深野池が入り込んで描かれている物があるんですが、それを見ているのでそう見えるんでしょうね。
あと、今日もぶらっと行ったんですが、元町辺りに広がる田んぼも同じ様に見えたりしますね。

ほんま、神秘的ですわ。
ナムダーdot 2011.04.24 21:46 | 編集
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