2011
03.06

吉田川(その2)

Category: 旧大和川
吉田川の旧堤防上に地元では「歯神さん」と呼ばれる賽の神(道祖神)があります。

この場所は大雨で吉田川の堤防が切れて石を積んで堰き止めた場所、または川が氾濫した際に堤防を切った場所と言われているそうで、水害から村を守る為にこの賽の神が祀られたのだそうです。

小さな石祠には御神体として、十二個の綺麗に洗われた川原の石(円石)がまつられているそうで、江戸時代に大水があり、十二軒の村人が本郷から新家(吉田新家)へと移り、二度と水害が起こらない様に祠を二ヵ所に建ておまつりしたそうです。

この場所は吉田六ヶ辻の小路辻の南側になるそうで、あと一ヵ所は市場辻の南側にあったそうですが、文政年間の頃には既に祠は荒廃していたのだそうです。

現在、この場所には鳥居、百度石があり、昔は木立の中にあったそうですが、現在は樹木は伐採されています。

あと、歯痛に御利益があり、祠の正面の小さな穴の中に抜けた歯を入れて、新しい丈夫な歯が生えて来る事を祈ったそうです。

それで、ここは以前自宅から近かったので通る事が多かったのですが、ある日何気なしに祠を見ていますと、近くにお住みの方が話かけてこられました。

その方によりますと、昨日も団体(歩こう会?)で多くの方が訪れたとの事でしたが、郷土の史跡の様な場所なので、地元自治会として東大阪市が設置している「説明板」の設置を要望したそうです。

しかし、あれから5年ほど経ちますが、未だに説明板は設置されていません。

その後、いつもの様に世間話してますと、その方が「家の前をほうきで掃くとシジミの貝殻が出てくる」と仰いました。

吉田川は大和川付替え後、井路川(用水路)を設けませんでしたので、これはおそらく江戸時代のシジミの貝殻なんでしょうか?

それで私、その話を聞いて思い出したのですが、子供の頃家の前を掘ると、時折黒い貝殻が出てきた事がありました。

子供の頃って、理由も無く穴を掘って遊んだりしたものですが、当時は別に疑問に思う事も無く、そのまま年月が過ぎてしまいました。

私の住んでいた菱江川跡(菱屋東新田)も同じ様に開墾された際の土砂の中にシジミの貝殻が混じっていたんでしょうか?

サザエも出た様な?と思いましたが、あれは埋まっていたのではなく、家でサザエを食べた後、その貝殻を庭や植木鉢に置いていたもので、昔は良く見かけたものです。

大体、サザエは海にしかいませんから…

「シジミ」は何処で話を聞いても出てくる重要な(?)キーワードであります。

歯神さん1

歯神さん2

歯神さん3

歯神さん4

歯神さん5

歯神さん6

歯神さん7

《追記》
コメントを頂いたじんべさんによると、祠がなくなっているとの事でしたので後日確認をしに行きますと、仰る通り祠はありませんでしたが、現在「吉田春日神社」に移されおまつりされています。

あと、欠損していた鳥居の木鼻も修復されていました。

歯神さん8

歯神さん9

歯神さん10

歯神さん11

歯神さん12

歯神さん13

この「堤防道」も私の生活路です(於 東大阪市)
コメント
お久しぶりです。いつも楽しく、ナムダーさんのブログを拝見させてもらってます。

昨日5月30日に花園ラグビー場の東大阪市民美術センターで「河内の原風景」という写真展を観たあと花園駅まで歩いてました。途中の歯神さんのほこらなどが無くなっていたのが気になりました。

おみやげにお菓子の「甚平」を買って帰りました。
じんべdot 2015.05.31 22:37 | 編集
じんべさんへ

コメントありがとうございます。
こちらこそ御無沙汰していますv-410

それで、祠なくなってましたか?
私、先々月に前を通った時はありましたので、また会社帰りにでも見に行ってみます。

あと、なくなったと言えば、かつてじんべさんが牛乳をたのまれていた販売所も一旦取り壊されましたが、今は新しく建て直されましたね。
私、販売所の前は休日かなりの頻度で通りますが、あの販売所の前を通りますと、いつもじんべさんの事を思い出しますv-390
ナムダーdot 2015.05.31 23:30 | 編集
コメントありがとうございます。

あの明治牛乳販売店の近くに昔、おばあちゃん、従兄弟、が住んでいてよく行きました。
もう今は誰も親戚は住んでませんが暇があれば豊浦町あたりを散策してます。
街も変わってきていますが、色々、思い出もあり、あの辺りの雰囲気が好きです
じんべdot 2015.06.02 18:47 | 編集
じんべさんへ

今週旅行で家を空けていましたので、お返事が遅れ申し訳御座いませんでした。

それで、以前じんべさんがあの辺りに商店街があったと仰っていたので、行く度に「どのへんやろ?」と思いながら、生駒山歩きの帰り際にぶらりと行く事があります。

牛乳屋さんの北側にいい雰囲気の家並みが残っていますが、あそこは立花町になるんですね。
ここでブログ開設初期に取り上げました「道敷寄附」の記念碑も御存知なんでしょうね。
どの道がそうなんでしょうか?

明日、枚岡神社にお参りに行くので、ぶらりと行ってみようかと思ってます。
ナムダーdot 2015.06.06 17:19 | 編集
お返事ありがとうございます。

「道敷寄附」の記念碑の場所を私は知らないんですよ。立花町や豊浦辺りを散策してると
生駒山や私が小さかった頃から建っている家々を眺めてるせいか、足元に気づかなかったからかもしれません。

牛乳屋さんから北、音川酒店、額田さんの屋敷あたりから南、暗峠への道と交差する辺りにかけて昔は個人商店が沢山ありました。今はほとんど無くなってしまいました。豊浦郵便局の前の筋はすずらん灯もありました。

昔は伸線工場等の音がしていましたが、今は近鉄奈良線の電車の通る音がカタコト響いてるだけです。なんか、私の幼いころからしたらだいぶ人通りも音も少なくなりました。
じんべdot 2015.06.07 20:27 | 編集
じんべさんへ

確かに商店が並んでいた雰囲気は今も残っている感じはありますよね。

それで、私この辺り何となく記憶があるのですが、実は最近父親に聞いた話では私が幼少の頃(昭和40年代前半)に祖母が線屋さんでまかないの仕事をしていたそうで、週末には必ず私を自転車に乗せてこの辺りまで来ていたそうです。

ですので、じんべさんの仰る「線屋さんの音」も言われてみると何となく覚えている様な気がします(自宅近くにも線屋さんがありましたのでそちらの記憶かも知れませんが…)

あと、瓢箪山に住んでいる叔父も線屋さんに勤めていましたが、最近線屋さんも少なくなった様で、箱殿東の交差点の東にあった大きな線屋さんも今は更地になってしまいましたね。
ナムダーdot 2015.06.07 22:15 | 編集
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