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若江鏡神社の道標

「若江鏡神社」の境内に道標があります。

各面には「右平野」「左」「発起」「弘化三」と刻まれていますが、下部がコンクリートに塗り固められています。

実はこの道標、若江南町の道標(その1)の上部の欠損部分だそうで、元々この二基の道標は一基の道標だったと言う事になります(街道に建つ道標には、本山・ヱ門・原・他力と刻まれています)

「平野道」と刻まれていますので、融通念仏宗の総本山「大念佛寺」への道案内の為に建てられた事が分り、あとは発起人が「~ヱ門」さんで、左の案内先は「松原」でしょうか?

この道標は弘化三年(1846)に建てられ、二つに分割されて別々の場所に現存している珍しいものです。

若江鏡神社の道標1

若江鏡神社の道標2

若江鏡神社の道標3

やっぱり処分する事も出来ずにここへ持ち込まれたんでしょうね(於 東大阪市)

Comment

  • 難波のやっちゃん
  • URL

 ナムダーさん こんばんは

今日 JR長瀬~彌刀神社~新家~鏡神社~石田神社~近鉄若江岩田
を歩いて来ました。
確かに鏡神社境内に放置状態で、辻北西の道標が新しく立派なだけ
余計に憐れで…何とか原状修復出来ないんでしょうかね…
以前に十三街道を歩いた時、中環にぶつかり24号線を廻れば良い
ものを南廻りした為大迂回し、この区間だけ本日初めて歩きました。

 もちろん龍造さんの「錆びた町名看板」も観て来ましたよ(笑)



  • ナムダー
  • URL

難波のやっちゃんさんへ

うちと龍造さんとの「コラボネタ」を今日楽しんで頂けた様で(笑)

それで、道標の修復はおそらく無いでしょうね。
保存状態の良い状態での移設は良くありますが、破損、欠損していますので現状維持でしょうね。
他にも多くの貴重な燈籠やその他石造物が破損、崩落していまして、それらも数年間ずっとそのままです(私が確認している物のみですが)

一度、郷土博物館にそれとなしに伺った事があるんですけど、やはり手がまわらないみたいですね。

  • 山本龍造
  • URL

私まだまだ神社仏閣にもひとつ興味湧きませんので、ナム龍コラボ、その辺の高尚ネタはナムダーさん担当でお願いしときます。私は“アホげネタ”担当…この落差、そのどちらにも相手してくれてはる難波のやっちゃんさまは…すごいですねー。
今日私もちょっとだけ東大阪入り。森河内あたりを少し。やっぱり…大阪は山んネキ、中河内がホッとしますわ。

  • ナムダー
  • URL
やっぱし “山んネキ” でしょ?

龍造さんへ

コメントありがとうございます。
龍造さんが「中河内ネタ」を取り上げはると、やっぱし嬉しいものでして、ついつい「勝手にコラボ」してしまいました(笑)
それで神社なんですけど、何で最近良く行くかと申しますと、ある神社で昔の人が書いた「落書き」みたいなもの(?)を見たんですよ。それが、江戸時代なのか、明治時代なのか、昭和時代なのか全く分らないんですが、妙に興味が沸きまして、他にもないかな?って感じなんですよ。
由緒のある古い神社には殆ど無いんですが、小さな神社にはあるかもって思いまして。

やはり昔から神社は、その土地人が集まるのコミュニティーの場所なんでしょうね。
ただ昔の人の「洒落」みたいなものが、面白かったものでして。

長なりました。

なるほどね。一つの道標が2ケ所で保存されているってのは珍しいですねぇ。修復して元の場所に戻してやりたいですよね。(^^♪

  • ナムダー
  • URL

y&mさんへ

コメントありがとうございます。
確かに、この道標の件は珍しいですね。
こう言うのって、自治会などの市民レベルで保存修復するのか、行政がするのかはっきりしない所がありますね。
私は基本的には市に文化財課と言うセクションがあるのなら、行政のすべき事ではないかと思うんですが。
どうでしょうか?

ナムダーさん 私も行政主体でやる仕事だと思いますね。市民レベルでは難しい問題もあるでしょうからねぇ。

  • ナムダー
  • URL

y&mさんへ

私もやはり行政がやるべき事であると思いますが、最終的には金銭面の問題だと思いますね。
地元の郷土博物館なども実際の運営は民間に委託されているみたですので、それ位財政は苦しく文化財保護にかけられる予算と言うのも十分ではないんでしょうね?
お隣の大東市は貴重な文化財に予算を捻出する事が出来ずに、民間に売却され史跡が消滅した例もありますから(怒)

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