光明地蔵尊

お地蔵さまはいつも探索に出かけますと良く目にします。

普段の生活の中でもお地蔵様は地元と密接していますので、旧村等では必ずと言って良い程お地蔵様がまつられているかと思います。

私もこれまで多くのお地蔵様を見てきましたので、これから取り上げていこうと思います。

しかし、中には詳細が分からない事もあろうかと思いますが、それについては御了承願いたいと思います。

それでは初めに花園にある「光明地蔵」を取り上げたいと思います。

昭和23年(1948)近鉄奈良線旧生駒トンネル内で上本町へと向かう電車のブレーキが故障し、制御出来ないまま生駒山を下り、花園駅で先行の電車に追突する事故が起こりました。

その際に多くの死傷者が出たそうです。

この光明地蔵はその供養の為に建てられたそうです。

近鉄の事故の話はこちらに引っ越してから地元の方に伺いましたが、地元でもこの光明地蔵が建てられた由縁を知る人も減りつつあるかと思います。

この地蔵尊の前を通る事が多いのですが、いつも綺麗に清掃されています。

光明地蔵尊1

光明地蔵尊2

《追記》
おまつりされる場所が少し東に移されました。

光明地蔵尊3

光明地蔵尊4

身近な場所の出来事を調べると言う事を始めたのが、この件だったかも知れません(於 東大阪市)

Comments 8

山本龍造  

ナムダ-さんこんにちは。

ここの事故の話は、父親から聞きました。
その話の中で印象深かったのは

「ブレーキが効かん様になって、運転士が運転席から車内に出てきて事情を説明した後、再び運転席に戻って…死なはったんやそうや」

の内容。
真偽のほどは判りませんが、すごい職業意識の高い人やってんなぁと思いました。まるで沈没する船に、船長だけが残るというのいうのと同じ話しやな…と。

で、まぁ、その、我がはそこまで仕事に対して命かけてるか…それを考えますね、割と日々。全然まだまだですが…

2010/12/30 (Thu) 22:14 | EDIT | REPLY |   
ナムダー  

龍造さんへ

コメント有難う御座います。
そうですね、お父様も中河内の方ですから、当然御存知の筈ですね。
地の人に事故の事を聞いて、調べた時に上のエピソード知りました。様々な事を思いましたが、戦後すぐは今の時代とは人の考えや行動も全然違うかったのか?ってちょっと思いました。

私もずっと同じ仕事やってますけど、命かけてやってるかって考えるとやっぱり?ですね。
まだまだ、ぼんさん(見習い)ですわ、ほんまに。

それで、来年から「川」の事書こうとちょこちょこやってます。
ちょっと気合(?)入れたろうと先週、玉串川が第二寝屋川に流れ込んでるとこまで行って来ました。
「そない言うたらここが縁で龍造さんとお付き合いが始まった様なもんやなぁ」と。

それで、例の所に水は流れてませんでした。
分ってるんですけど、やっぱり見てしまいます(笑)

2010/12/30 (Thu) 23:07 | EDIT | REPLY |   
たーか  
こんばんは ナムダーさん

我が家から最も近い駅です。お地蔵様の由来も知っております。詳しくは、ja.wikipedia.org(近鉄奈良線列車暴走追突事故)に譲りますが、近鉄電車に本当の意味での愛着が生まれたのは、この事故のことを知ってからです。前を通りがかるたびに手を合わせます。

2015/09/12 (Sat) 20:16 | EDIT | REPLY |   
ナムダー  

たーかさんへ

コメントありがとうございます。
それで、この事故は記事中にあります様にこちらで暮らす様になってから地元の人に伺いました。

同じくコメント頂いた、八尾市在住の山本氏のお父様が御存知だった程ですので、当時としてはかなりの大事故だったと伺い知れます。

あと、理由があって場所は言えませんが、生駒山の某所に事故車両と同世代の製造と思われる(?)車両が存在していまして、実際に見に行った事があります。

当時の製造技術等にも興味あったのですが、実際に見ますと一部木造の小さな電車で、話しだけでは分からない、ある意味恐怖の様なものを感じました。

これと同じ様な電車で事故が起こったかと思いますと…

2015/09/13 (Sun) 14:47 | EDIT | REPLY |   
ほたる  
こんにちは

私はこのお地蔵様のすぐ近所に住んでいる大学生ものです。
この地蔵様については、幼い頃から母や今は亡き祖母からよく聞かされておりました。
実際に事故が起きたのは、今のお地蔵様のある辺りではないそうです。(若江岩田の石田神社側の小さい踏み切りの所に「交通安全」か何かが書かれた小さなお地蔵様がいらっしゃいますが、もしかして実際はあの辺りだったのか…。それとも、何人か飛び降りて亡くなったそうなので、その方々が亡くなった場所なのか…)
祖母は「あのお地蔵様は泣いてるんや。目元に涙の跡があるやろ?あれはお地蔵様が、あの事故の事を今も悲しんでるんや」と言っていました。
この事故とは関係ない…ですが、母が幼い頃はあのお地蔵様の所か商店街側の踏み切りでの飛び込み自殺が、何故か多発していたらしいです。
(母は幼い頃に、知り合いのめっちゃ可愛がってくれてたおっちゃんが飛び込むところを見てしまったらしいです。)

今の近鉄にはあの事故のようなことをを再び起こさないために手動のブレーキだか、緊急停止レバーが付いているそうですね。
私はあの事故で亡くなった人達が、私達に伝えたいことがあるとしたら、「二度と同じ過ちを繰り返さないで」だと思います。
そして、悲しいことに何故お地蔵様があそこにいるのか知らない人が増えて来ています。
この事故は小さな街で起きた電車事故ではなく、「交通」「電車」という中で、かなり重要なことになると思います。
なので、私達のように知っている人達が、こな事故を風化させないようにしないといけないと思います。

2016/08/06 (Sat) 11:22 | EDIT | REPLY |   
ナムダー  

ほたるさんへ

コメントありがとうございます。

それで、実は私事故の詳細について、それ程知っている訳ではありませんが、地元の方に伺った話では踏切より東側で事故が起こったと言う事でした。
あと、後世に伝えると言う事に関しては、その手段と方法も個人では限られているかと思います。

私の場合は「ブログ」という形をとっていますが、確かに最近この事故の話を聞く機会は、かなり少なくなったと思います。

2016/08/07 (Sun) 21:07 | EDIT | REPLY |   
ありえす  
今さらですが

当該電車の運転士さんは、運転席にもどったあと顎を骨折する大怪我をされましたが、命は助かったようです。

2018/02/07 (Wed) 21:22 | EDIT | REPLY |   
ナムダー  

ありえすさんへ

コメントありがとうございます。

それで、運転士の方は亡くなったと聞いていたのですが、そうではなかったのですね。
早速、有名なインターネット百科事典で調べてみますと、そう記述されていました。
事故当時の写真も掲載され、今回初めて見ました。

しかし、過去の出来事も簡単に調べる事の出来る、便利な時代になったものです。


2018/02/08 (Thu) 22:44 | EDIT | REPLY |   

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