FC2ブログ

永久橋の親柱

先週に引き続き、今週も石橋の親柱を取り上げたいと思いますが、今回は平野川に架けられていたと思われる「永久橋」の親柱です。

御覧の様にブロック塀に囲まれて一基が保存され、正面に「六反 永久橋」と刻まれ、文化八年(1811)の年号があります。

それと、世話人が連名で刻まれていますが、太子堂村、川邉村、六反等の村名が見られます。

それで、この親柱は「六反」と刻まれている事から、平野区にあるものと思い込んでいたのですが、先週「好美橋」の記事を書いている際、この親柱の事を思い出しました。

所在地を確認しますと、跡部南の町でしたので、急遽(?)取り上げた次第です。

あと、橋名の由来等は分かりませんでしたが、亀井南町の平野川沿いにある「永代橋」の親柱にも「永」の文字があります。

何か関連性があるのでしょうか?

尚、二枚目の縦長の写真は、10年以上前に初めて購入したデジカメで撮影した永久橋の親柱です。

永久橋の親柱1

永久橋の親柱2

親柱も下部は道標の様になっているんですね(於 八尾市)

Comment

Leave a Reply