ナムダー

ナムダー

東石切町に「行政区画の推移」と刻まれた石碑が建てられています。

この碑は平成十三年(2001)に建てられたもので、この地域の変遷が記されおり、裏面には「神並村字辻子」と刻まれています。

碑の建つ場所が神並村の辻子と呼ばれる場所だったかと思われますが、周辺の小字名を調べますと「辻子」とあり、東を辻子谷(現在の上石切町)中を辻子中、西を辻子口(現在の東石切町)と碑に記されています。

それで、表面にある「大戸郷」とは、この地域の古代の呼称であり「和名抄」には「河内郡大戸郷」と記されているそうで、かつて存在した「大戸村」はその名残であったと思われます。

碑には後に東大阪市へと至る変遷が記されていますが、東大阪西部出身の私にはあまり馴染みの無い「神並」「植付」「芝」等の地名をこちら(東部)で暮らす様になり、目にしたり耳にする機会が多くなりました。

あと、碑には「芝神並村」とありましたが、手持ち資料によりますと、この村は芝村と神並村の分村で、所在は両村から少し東に離れた生駒西麓にあり、天保年間の記録によると、戸数二十九軒であったそうです。

石切周辺は生駒山歩きの際等に頻繁に足を運ぶ場所ですが、以前石切参道商店街で商店の方に「ここらは何って言うんですか?」と尋ねると「植付ですわ」と返事されました。

地元の方は大まかに石切ではなく、植付や神並、芝となるんでしょうね。

行政区画の推移1

行政区画の推移2

東大阪にも大阪市旧町名継承碑見たいなものがあれば良いかも知れません(於 東大阪市)
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