楠根川(その12)

今回は「その10」の続きとなりますが、御厨の交差点西側から南へと楠根川の旧流路を辿ると、現在その流路跡には自動車学校があります。

更にその自動車学校と隣接している、私立高校の敷地内を楠根川は流れていましたが、南側にある私立幼稚園を過ぎた所で東にカーブしている道路があり、これが楠根川の流路跡となります。

実際には東から流れて来た楠根川が、この場所で北に向きを変えていたのですが、地区に設置されている町内商工案内地図(調べるとそう言うそうです)に、現在道路として表示されていました。

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あと、この場所にはかつて揚水機が設置されていたそうです。

それで、八戸ノ里駅南側周辺はよく知る場所ですが、楠根川がこの場所を流れていた時代の事は知る筈も無く、私の最も古い記憶は万国博覧会が開催されていた頃で、その当時既に「第二寝屋川」は開削されていました。

流路跡を東へ行くと「旧大阪中央環状線」を横断し、更に東へ行くと第二寝屋川の堤防が見えて来ます。

周辺は高層住宅が建設され、私が幼少の頃とは風景は変わってしまい、あと以前近くに市民病院があった事も御承知かと思います。

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それで、第二寝屋川は大正時代に河川改修工事が行われた楠根川を取り込む形で開削されたものですので、巨摩橋付近から御厨まではほぼ同じ流路ですが、今回取り上げています、改修工事以前の楠根川は近鉄の鉄橋西側付近を南北に流れ、東大阪アリーナ東側を通る道路が流路跡となっています。

八戸ノ里ポンプ場より南へ通ずる道がそれにあたりますが、この場所にポンプ場が設置されている理由は分かりません。

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今回はこれまでにしたいと思いますが、おさらいとして楠根川は「江戸時代の新田開発以前まで」「新田開発以降、大正時代の改修工事まで」「大正時代以降、第二寝屋川開削まで」の大まかに三つの時代をそれぞれに分けて記事を更新していますので、御理解の程宜しくお願いしたいと思います。

続きます。

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今は道路となり殆んど川跡と分からなくなってます(於 東大阪市)

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