とある風景(その155)

ある休日、山歩きをしていますと開けた場所があり、一本だけ周囲と異なった木がポツンと生えていました。

私、木々に詳しくありませんので、この木が何の木か分かりませんが、明らかに人為的に植樹された(?)ものだと分かります。

何故この木がこの場所に生えているんでしょうかね?

それで、これまで私は一人で山を歩く事が殆んどでしたが、ここ最近は同行者と歩く機会が多くなりました。

その際、事前に下調べで予定のコースを歩く事がありますが、それは危険がないかどうか確認しているからで、もし何か事故等のアクシデントがあれば、当然同行者の家族に心配と迷惑をかける事にもなりかねません。

これはいつも道案内をしています、私の責任と考えているからです。

それで時折、ひとりで歩く際に廃道等へ藪漕ぎして探検家気取りで立ち入ってしまう事があります。

これは単に私の興味本位が理由だけの行動ですが、実は先週も廃道を藪漕ぎして歩きましたが、当然の事ながら道は途中で消滅し、悪い事にイノシシのテリトリーに立ち入ってしまった様で、周辺には多数のイノシシの足跡がありました。

その後、即退却しましたが(笑)その際、ひとつ感じた事がありました。

それは、かつて徒歩が移動手段だった時代、日常生活や寺社等の参詣道として利用された山道は、その後新たな交通手段の出現により人の往来が無くなり、廃れていった道が多くあるのではないか?とふと思いました。

今の時代は山を歩く事は趣味となり、山に生活を依存する事も殆んど無くなったかと思いますが、その様な道にわざわざ立入って歩く必要があるのか?少々疑問に思ってしまいした。

確かに、山歩きを趣味にする私がこの様な事を記すのは相異なるかと思いますが、その役目を終えた道は山に返し、道の無かった元の山に戻すと言う事も考えて行かなくては?とも思いました。

しかし、山歩を楽しみしている方も多くおられますので、私の考えは現実的には「どうか?」とは思いますが、山歩きが好きな人間としては、山に何か恩返し出来る事は無いかとここ最近あれこれと考えています。

取りあえず、ゴミは絶対に持ち帰る事と杖を突いて山を歩かない事は実行していますが、杖を突いて山を歩かないと言うのは、以前生駒山のボランティアガイドの方が仰るには、杖を突いて歩くと道が荒れるそうで、整備と維持に労力を費やす為に出来る事ならなるべく杖(トレッキングポール)の使用は控えて頂きたいと言う事でした。

今回はまとまりの無い記事を長々と書いてしまいましたが、怪我等のアクシデントもなく、これからも休日の山歩きを楽しみたいものです。

尚、ハイキン道以外での山歩きや藪漕ぎは、今後一切しないつもりでいます(多分…)

この木何?1

この木何?2

ほんまはイノシシが怖いのもありますけど(-_-;)(於 八尾市)

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