黒谷(大字)の道標

高安信貴山道の「岩戸神社」「梅岩寺」へ続く道との分岐点に道標が建てられています。

「左 岩谷辨財天社 是より教興寺村へちかみち」と刻まれ、寛政八年(1796)の年号があります。

それで、願主として「大坂難波新地 よし屋安兵衛」他四名の名が刻まれ、この道標は大坂市中の商人によって建てられた事が分かりますが、他面には「神主 服部」と刻まれています。

「教興寺の道標」で記しておりますが、服部とは江戸時代に「岩戸神社」の神主を務めた「服部和泉」の事だそうで、神社境内にある石造物にもその名が見られます。

あと、黒谷に建つ道標は形式や文字からみて、同時期に建てられたものだと思われるそうで、一見すると同じ道標にも見えます。

それで、高安信貴山道には現在も丁石が残り、この山越えの道は信貴山参りのメインコースであったそうで、大阪からの参詣者は弁財天(岩戸神社)に立ち寄り、信貴山へと向かったと思われるそうです。

弁財天が信貴山参りの途中で立ち寄られる様になった経緯は不明ですが、参詣者の為に高安信貴山道へと続く道と道標が設けられ、道標同様に「岩戸神社」と「高御座神社」にある、石造物の寄進者には大坂市中の商人の名が多く見られます。

かつて、多くの参詣者が往来した高安信貴山道ですが、現在は殆んどハイカーの方が歩くのみのハイキング道となっています。

私的にはハイキングコースとしてはそれ程整備されていないかと思うのですが、実際にこの道を歩きますと、かつての信仰の歴史を感じる事が出来る様に思います。

しかし、殆んどの方はそんな歴史には関心は無く、単にハイキング道として利用されているのですが…

黒谷(大字)の道標1

黒谷(大字)の道標2

黒谷(大字)の道標3

黒谷(大字)の道標4

黒谷(大字)の道標5

きのう岩戸神社にお参りに行きました(於 八尾市)

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