春日若宮神社
「春日若宮神社」は荒本に鎮座しています。
境内に由緒等を説明するものがありませんが、明治五年(1872)に村社となり、大正四年(1915)に「御厨天神社」に合祀され、その後年代は分かりませんでしたが、元の鎮座地に復社しています。
境内に入ると拝殿前の祠に古木があり「七大龍王」「白龍大神」がまつられていますが、私生駒山で「八代龍王」は良く見かけますが「七大」はここ以外では記憶がありません。
それで、境内の石造物は多くありますが、拝殿前の狛犬には文化八年(1811)の年号があり、二対の燈籠にはそれぞれ宝暦十一年(1761)と安永九年(1780)の年号があります。
他に境内の石造物は燈籠が多く、明和から宝暦年間の年号がありましたが、年号の確認出来ないものもありました。
あと、手水鉢には文政二年(1819)の年号があり、鳥居前にはここで取り上げました「おかげ燈籠」があります。
いつも自宅から新家、長田、御厨へ行く際にはこの神社の横を通って行きますが、神社境内と隣接して公園があり、公園側から見ると社地が広い様に見えます。
尚、私の中学校の校区であった「春宮住宅」の「春宮」はこの神社からのものだと聞いた事がありますが、確認はしておりません。
井戸に手押しポンプがあります(於 東大阪市)
境内に由緒等を説明するものがありませんが、明治五年(1872)に村社となり、大正四年(1915)に「御厨天神社」に合祀され、その後年代は分かりませんでしたが、元の鎮座地に復社しています。
境内に入ると拝殿前の祠に古木があり「七大龍王」「白龍大神」がまつられていますが、私生駒山で「八代龍王」は良く見かけますが「七大」はここ以外では記憶がありません。
それで、境内の石造物は多くありますが、拝殿前の狛犬には文化八年(1811)の年号があり、二対の燈籠にはそれぞれ宝暦十一年(1761)と安永九年(1780)の年号があります。
他に境内の石造物は燈籠が多く、明和から宝暦年間の年号がありましたが、年号の確認出来ないものもありました。
あと、手水鉢には文政二年(1819)の年号があり、鳥居前にはここで取り上げました「おかげ燈籠」があります。
いつも自宅から新家、長田、御厨へ行く際にはこの神社の横を通って行きますが、神社境内と隣接して公園があり、公園側から見ると社地が広い様に見えます。
尚、私の中学校の校区であった「春宮住宅」の「春宮」はこの神社からのものだと聞いた事がありますが、確認はしておりません。
井戸に手押しポンプがあります(於 東大阪市)
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