2010
12.25

省電始元之碑

Category: 石碑
片町線(現JR学研都市線)は昭和七年(1932)に関西で初めて電化され「省電」とは当時の「鉄道省」の名から略されたそうです。

この碑は以前、別の場所にあったそうですが、現在はこの場所に移されています。

それで、この電化計画には国家財政の厳しい状況から「京阪電鉄」が電化資金を肩代わりし、片町線へ乗り入れる計画があったそうです。

実際に京阪電鉄は片町線電化改築工事の契約内容について、昭和二年(1927)政府に出願し、その認可を受けたそうですが、その後諸々の事情により京阪側から契約の解消が申し入れられ、京阪はこの計画から手を引く結果となったそうです。

その後、政府によって関西地区の国有鉄道における最初の電化路線となりました。

それで、片町線と京阪が公差している場所に「河内磐船駅」がありますが、小学校の遠足で河内磐船駅で下車し、京阪に乗り換えて「私市植物園」を訪れた思い出があります。

まだ、植物園はあるんでしょうか?

もう随分長い事行ってないんですが。

省電始元之碑1

省電始元之碑

子供の頃この辺りで良く遊びました(於 東大阪市)
コメント
 ナムダーさん 昨日今日と寒いですね。
僕が子供の頃(昭和30年前後)、大人は普通にショウセン(電車)って云ってました。
このショウセンが解らずに 商船やろか、商戦やろか・・・                       子供には鉄道省や逓信省って知らんもんなあ。その後 国鉄からJRになり、
ゼネストも無くなり電車は綺麗になったけど・・・
 ところで 汗をかく時季になると、自転車で長躯走られるそうですが、
帰りが厭になりませんか。
省電って今やったら 省電力を思い浮かべますね。


難波のやっちゃんdot 2010.12.26 15:05 | 編集
難波のやっちゃんさんへ

コメントありがとうございます。
私はやっぱり「国鉄」ですね。もしかしたら祖父が「省電」かまたは違う言い方してたかも知れませんが、何とも言えませんね。でも私子供の頃、内装が木製の「ボロボロガタガタ」の茶色の電車に片町線で乗ってましたよ。また乗ってみたいです。

それで、今日も寒かったですね。私は丁度良い感じでしたので、歩こうと思い家を出発してしばらくすると、雨が降ってきたので泣く泣く帰りました(笑)
あと、自転車は行きと帰りの道が今まで同じだった事は一度も無いんですよ。
例えば、自宅から恩智川沿いで大和川(柏原)へ行き、今度は長瀬川沿いを走って放出辺りまで行き、自宅に帰るって感じです。だから家に帰るまで飽きませんね。
目的地が同じでもコースをその都度、微妙に変えてます「何かないかな?」って思いまして。
あとは、古傷の膝が悲鳴をあげなければ問題ないんですけど。
ナムダーdot 2010.12.26 22:46 | 編集
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