河内彷徨 ~郷土を見にゆく~
ナムダー

私の故郷「中河内」を見に行きます

一里松の跡

2011年06月15日
名所旧跡 2
善根寺町の東高野街道(旧大阪外環状線)沿いに「一里松の跡」の碑があります。

江戸時代、主要な街道に「一里塚」と呼ばれる、一里毎に松の木等が植えられた塚が築かれましたが、この善根寺町の街道沿いにも一里塚があり、明治時代初期まで「一里松」が残っていたそうです。

それで、ここら少し北に「善根寺春日神社」の参道入口があり、そこに「天長」「地久」と刻まれた注連縄柱の傍に「記念ノ松 紀元二千六百年」「八紘一宇 皇紀二千六百年記念」「楯津濱」の石碑があります。

それで「記念ノ松」は何処を見回してもそれらしいものは見当たりませんでした(?)

一里松の跡碑の建つ場所には、地中に大きな木の切り株が埋まっているそうですが…

一里松の跡1

天長地久1

紀念ノ松

八紘一宇

一里松の跡2

記念ノ松が気になりますが(於 東大阪市)
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ナムダー
この記事を書いた人: ナムダー
地元にこだわる生粋の「中河内人」です

コメント2件

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あのまのかりす

「八紘一宇」の掘り込みがある石柱は国旗掲揚台のようですね。上に開いてる穴がボルトを通して掲揚柱を固定していた跡です。

2012年03月16日 (金) 20:52

ナムダー

あのまのかりすさんへ

コメントありがとうございます。
それで、この「孔の開いた石柱」ですが、中河内地域でも頻繁に見る事が多いので、とある神社の神主さんに聞いた事があります。
やはり、あのまのかりすさんと同じ事を仰っていました。
この時代、数多くつくられたのでしょうか?

実際に使われているのは見た事ないんですが。

2012年03月16日 (金) 21:14