FC2ブログ

布施戎神社

今回は東大阪の皆さんお馴染の「布施のえべっさん」です。

由緒等の詳しい事は、市の設置した説明板がありますので、そちらを御覧頂きたいと思いますが、その説明にもあります様に、この神社の歴史は浅く、戦後社殿等が造営されています。

石造物については拝殿前の狛犬に天明四年(1784)の年号があり、注連縄柱横にある燈籠は明治三十八年(1905)に出征軍人慰問会による寄進となっています。

それで、手水鉢には元文元年(1736)の年号があり「足代新家子供中」寄進によるものですが、東大阪市内で最も古い、若中(若い衆仲間)寄進による石造物だそうで、若中(若仲とも書く)は「子供中」とも称します。

あと、境内には「都留弥神社」の御旅所と跡碑があり、鋳造製では日本で最も大きな戎像があります。

若い頃、高井田の鋳物工場(鋳造所)でアルバイトをしていましたが、鋳物業(鋳造業)は昔から現在の東大阪西部での地場産業でもあります。

それで、私が幼少の頃は祖父と祖母に十日えびすへ連れて行ってもらったものですが、その時代は近鉄が高架化される以前の話で、まだその頃は踏切があったのを覚えています。

今は無き「布施のニチイ」が開店する以前(?)だったと思いますが、あの頃は商店街も多くの人で賑わっていました。

今も時折、布施の商店街へ足を運ぶ事がありますが、ほんと寂しくなってしまいました。

神社の境内も子供の頃は広く感じたものですが、大人になった現在、あらためて見るとそれ程境内も広くない様に感じます。

十日えびすの際は「えらい人やなぁ」と思ったものですが、もう何十年と十日えびすへは行っておりません(-_-;)

布施戎神社1

布施戎神社2

布施戎神社3

布施戎神社4

布施戎神社5

布施戎神社6

布施戎神社7

布施戎神社8

布施戎神社9

石造物は都留弥神社にあったものでしょう(於 東大阪市)

Comment

Leave a Reply