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加納のおかげ燈籠

中河内には多くの燈籠がありますが、その中に「おかげ燈籠」と呼ばれるものがあります。

そのおかげ燈籠の「おかげ」とは「おかげ参り」の事で、伊勢神宮(太神宮)の遷宮(式年)の前後に流行した集団参拝の事を言い、参拝者の多くは金銭を持たずに旅立つ者が多く、沿道の人々の施し(おかげ)で参拝出来たと言うのがその語源だと言う事です。

また、おかげ参りは「抜け参り」とも言われ領主、主人、家族等、周囲の人に何も告げずに旅立つ者が多かったそうで、沿道の人々の施しを頼りに、何の旅支度も無しに突然旅立つ事が多かったそうです。

おかげ参りは江戸時代から明治時代まで行われ、おかげ燈籠もその時代のものが残されています。

それで、加納の旧村部に一基のおかげ燈籠が建てられています。

このおかげ燈籠は文政十三年(1830)に建てられ、東大阪では最大(全高3.34m)のおかげ燈籠となっています。

この燈籠が建つ旧河内街道は「宇波神社」の参道でもあります。

加納のおかげ燈籠1

加納のおかげ燈籠2

加納のおかげ燈籠3

加納のおかげ燈籠4

ここは朝の散歩で良く通ります(於 東大阪市)

Comment

  • 難波のやっちゃん
  • URL

 こんばんは ナムダーさん、この燈籠は大きく目立ちますね。街道歩きをして嬉しいのは、石碑・道標・燈籠に出会った時ですね。
おかげ燈籠では無いかもしれませんが、長田でも多数の常夜灯を見掛けたような。
 僕は無職なので平日歩きが多いです。車が多く歩き難いんですが、活気があり生活の息遣いが窺われ楽しんでます。でも少し幹線から外れるとものすごく静かで、どこかに迷い込んだよう。河内 好きです。

  • ナムダー
  • URL

難波のやっちゃんさんへ

難波のやっちゃんさん、コメント有難う御座います。
この燈籠大きいですけど、南から北に旧河内街道を行くと住宅が密集しているので、前まで行かないと見えないんですよ。
昔は見えたのかも知れませんけど、どうでしょうかね?

それで、長田は私の第二の故郷、祖父の生まれた場所で親戚も多くいるんですよ。
長田の旧村部には東大阪で一番多く「おかげ燈籠」が建っています。
これ以上書くとネタがなくなりますので、そのうち記事にしますのでお待ち下さい(笑)

私も昨日「新河内街道」を中心にぶらぶらしてましたが、休日でも交通量の多い道は歩き難いですね。
でも仰る通り、村の中に入ると恐ろしい程、静かです。

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