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田輪樋

  • Day:2013.07.26 21:52
  • Cat:樋門
芝山の南側一帯、現在の国分市場付近は江戸時代初期まで、大和川の氾濫水と周囲の丘の雨水等で利用価値のない沼沢地として放置されてきたそうです。

その西側には田辺から国分市場へと続く丘陵がある為に水のはけ口が無く、堤防を築いて田地を開いてもすぐに耕作不能となったそうです。

それで、この排水不良を改善する為に芝山と松岳山の中間の凹地を利用して隧道が掘削され、滞水を大和川に排水し農地が開墾されました。

この排水隧道は「田輪樋」と呼ばれています。

掘削は寛永年間(1624~44)後半から着工し、正保元年(1644)に完成したそうで、地元民以外に「金山掘」と呼ばれる鉱山を掘削する専門の技術者や人足を雇い、槌と鑿だけで掘り進んだそうです。

隧道掘削と共に芝山の東側の大和川上流に氾濫水の流入を防ぐ為に「柳原堤」が築堤され、そこに設けられた柳原樋から用水を引き入れたそうです。

それで、田輪樋は全長百二十三間(224m)内寸は五尺(150cm)四方の板張りだったそうで、各板を鎹で留めていたそうです。

尚、この木枠残材が「国分寺地蔵尊」の地蔵堂内に保存されています。

田輪樋はその後、昭和二十五年(1950)の「ジェーン台風」によって決壊するまで、約三百年にわたり使用されてきましたが、その西側に新たに隧道が設置され、ヒューム管が使用されています。

あと、樋門石材の一部が水路に残されているのですが、石材は田畑の中にあるので農家の方に写真を撮らせて頂ける様、お願いすると快く田畑へと入れて下さいました。

写真撮影後、少しその方(高齢の男性)とお話したのですが、樋の事については殆ど御存知ない様でした(笑)

しかし、休日の天気の良い日に田畑の広がる中で農家の方と世間話するのも、なかなかええもんでございます。

柏原と言うところは色んな風景を見せてくれるところです。

田輪樋1

田輪樋2

田輪樋3

田輪樋4

田輪樋5

田輪樋6

田輪樋7

田輪樋8

田輪樋9

田輪樋10

田輪樋11

田輪樋12

田輪樋13

ええ休日でした(於 柏原市)

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