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分水嶺

  • Day:2013.04.07 22:38
  • Cat:樋門
善根寺町の「車谷」を登って行きますと、大川に「分水嶺」があります。

この場所は中河内と北河内との分水嶺で、真っ直ぐ流れ落ちて行くのが中河内側で、分水後に北に方向を変えてから流れ落ちて行くのが北河内側となっています。

四条町にある分水樋(石室の分水)は石造ですが、この分水嶺は一部石造ですが、あとはコンクリート製でした。

分水嶺自体の設置年代は江戸時代かと思われますが、現在の分水嶺は近代に設置されたものだと思われます。

昔はここで香盤を焚いて、双方に水が公平に流れる様に水番をしていたのだそうです。

それで、車谷はかつて水車業が盛んだった所で「辻子谷」と同じく、製粉が主に行われていたそうで、水車業が行われていた谷筋では東大阪市域で最も北にあります。

善根寺町の道標は、この車谷の入り口に建つもので「左 車谷水車道」と刻まれていまして、大正時代のものです。

東大阪市域の生駒山にある水利関係の石造物として、この分水嶺と四条町の分水樋は大変貴重なものだと思います。

電力の普及による水車業の衰退や農地の減少によって、この谷川の水の価値も昔とは全く違うものとなった現在ですが、やはりこう言ったものは後世に残しておいて欲しいと思うのは私だけでしょうか?

残して欲しいものです。

分水嶺1

分水嶺2

分水嶺3

分水嶺4

分水嶺5

分水嶺6

分水嶺7

分水嶺8

分水嶺9

かつて水利権の厳しい時代があった事が良く分かります(於 東大阪市)

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