2016
10.31

貫通石(その3)

Category: 自然石
上石切町に貫通石があります。

これまで取り上げました貫通石と同様、生駒トンネル掘削の際に採取されたもので、安産の守り石としても珍重されているとあります。

それで、この貫通石は石碑等の石材として利用されずに、おそらく採取時の状態のまま、お社の前でおまつりされています。

尚、ここでおまつりされている経緯は分かりませんでした。

貫通石3-1

貫通石3-2

貫通石3-3

貫通石3-4

引谷にあります(於 東大阪市)
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2016
07.17

歯石

Category: 自然石
大蓮東の府道沿いに「歯石」があります。

台石にある由来によると、かつて六万寺に「歯塚」があり、その内の一個と記されています。

それで、現在の六万寺町一丁目付近にあった「歯塚」について手持ち資料で調べてみましたが、それに関する記述は見当たりませんでした。

あと、六万寺町一丁目には「往生院」や「十二社権現寺」があり、歯石との関連性も不明ですが、六万寺には「六万寺古墳群」があり、塚はその古墳の一部では?とも思いました。

私は石造物を主に中河内をまわっていますので、古墳を見学しに訪れる事は滅多にありませんが、六万寺周辺を探索していますと、史跡として整備されている古墳もあります。

古墳について殆んど知識がありませんが、古墳には大小様々な石が使用されていますので、歯石はその様な古墳に使用されていた石の一部が、地元信仰の対象となっていたのでは?と思いました。

以上、何の確証も無い私の推測でしたが、またぼちぼちと調べてみようと思っています。

歯石1

歯石2

歯石3

歯石4

歯石5

歯石6

二本松古墳1

二本松古墳2

二本松古墳3

二本松古墳4

二本松古墳5

歯医者さんの横にあります(於 東大阪市)
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2016
05.01

貫通石(その2)

Category: 自然石
ある休日に歩いていますと「貫通石」と刻まれた自然石がありました。

それで、この石を見て生駒山にも同じものがあった事を思い出しました。

そちらは「貫通石その1」として取り上げていますが、二つの貫通石は碑文が同じですので、同時期に作製されたのでしょう?

只、何故この場所に同じものがあるのか?その理由は不明です。

調べ様がありませんので…

貫通石2-1

最初ここへ移したのかと思いましたが微妙に形状が違いました(於 東大阪市)
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2016
03.06

神武帝蹴り上げ石

Category: 自然石
「石切神社」の末社である「神武社」の祭神は神武天皇(神倭磐余彦尊)ですが「神武帝蹴り上げ石」と呼ばれる自然石がまつられています。

詳しくは由緒が説明されていましたので、そちらを御覧頂きたいと思いますが、以前取り上げました「唐櫃石」「藤原業平腰掛石」と合わせて「石切三石」と呼ばれているそうです。

東大阪には神武天皇東征に因む石造物が残され、ここでも取り上げていますが、東征が事実か否やと言うのも余計に興味の引くところではないか(?)と私は思うのですが。

神武社1

神武社2

実は蹴り上げ石を見ていません(於 東大阪市)
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2015
09.20

亀石

Category: 自然石
「稲葉神社」の境内に「亀石」と呼ばれる自然石があります。

掘り出すと恵みの雨を降らすと云う雨乞いの石とあり、詳しい事は分かりませんが、現在は掘り出されています(…)

それで、稲葉神社の鎮座地は旧菱江川の右岸にあたりますが、稲葉村は古くから開けた村だったそうで、河内名所図会には、玉井新田(旧玉串川跡)と菱江の間にあり「稲葉里」と記されています。

私、和歌に関して全く知識がありませんが「立別れ稲葉の里になかゐしてさやは契りし待そ佗ぬる 光俊」とありましたので「光俊」をインターネットで調べてみますと「葉室 光俊」と言う事でした。

葉室 光俊は鎌倉時代の人ですので、光俊が葉室光俊であるならば、その時代から稲葉と呼ばれていた事になりますが、詳しい事は分かりません。

私的に稲葉と言えば、東大阪市役所(俗に言う本庁、旧河内市役所)と近畿自動車教習所なんですが…

あと、雨乞いと言うと思い出すのが、東大阪市内では「西堤神社」の鱗殿と「若江鏡神社」の雨乞御礼の燈籠となりますが、他にも雨乞い関連の石造物もあるかと思います。

それで、亀石の名の由来はやはり亀に似ているからでしょうか?

亀石1

亀石2

亀石3

亀石4

何処に埋まっていたのでしょうか?(於 東大阪市)
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2015
02.27

舟つなぎ石

Category: 自然石
旧村部等にある狭い道の傍らに石が置いてある事があります。

おそらくこの石は家屋や塀に車の衝突を避ける為に置かれているものだと思いますが、それが「唐臼の台」「碾臼」だったりする事もあります。

これはかつて使用されていたものを再利用した(?)ものですが、殆んどが良く分からない普通の石(?)が置かれている事が多いです。

そんな石の中で植松町にある安中新田会所跡のすぐ近くに、高さ1メートル7センチ、幅45センチのやや大き目な石が、民家の塀に埋め込まれる様な形で置かれています。

この石は「舟つなぎ石」と呼ばれ、言伝えによると舟を繋ぎ止める為の石だったそうです。

この辺りは旧長瀬川の縁辺にあたる場所で、長瀬川ではかつて船による物資輸送が行われていたのは御承知かと思います。

近くには「舟庭」と呼ばれる船着場があり、八尾市内では「八尾浜」「船着場」と呼ばれた船着場が知られ、あと陸路の要所でもあったので燈籠や道標が建てられています。

それで、長瀬川の舟運と言えば「剣先船」となりますが、寛永十五年(1638)の舟改めが行われた際、大和川筋の川舟に剣先船の名が与えられたと記録に残されているそうです。

長瀬川が井路川となった後も剣先船は運行されていましたが、明治時代の鉄道開通後は衰退する事となります。

そんな、剣先船が長瀬川を行き交う時代の名残である舟つなぎ石が、今もこの場所に残されています。

舟つなぎ石1

舟つなぎ石2

舟つなぎ石3

舟つなぎ石4

知らなければただの石としか思いません(於 八尾市)
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2014
07.18

在原業平公腰掛石

Category: 自然石
「千手寺」の門前に「在原業平公腰掛石」があります。

詳しい事は分かりませんが、千手寺は業平所縁のお寺ですので、歴史に興味のある方やハイカーの方々が拝観されているのをよく見かけます。

私も生駒山歩きの帰路に参道商店街を通る事が多いので(いつもあえてここへ下って来ているのですが…)お参りには度々行っております。

それで、中河内地域では在原業平に所以のあるところが数か所あり、ほぼ訪れているかとは思いますが、私それ程興味が無いと言うか訪れても「あぁ」って感じです。

歴史好き、古いもの好きと言っても興味のある時代やジャンルがありますので、幅広く知識を得ると言うのも中々難しいかと思います。

私は別に「郷土史研究家」を目指している訳ではありませんで、最近地元発行の郷土史書に「郷土史愛好家」と言った表現があり、それが結構気に入ってまして、自分をその様に思っております。

まあ、体が元気な内は「実際に見に行く」をこれまで通り基本にして行きたいとそう思っています。

腰掛石の本題と殆んど関係ない事を書いてしまいましたが…

在原業平公腰掛石1

在原業平公腰掛石2

在原業平公腰掛石3

在原業平公腰掛石4

千手寺寺標

最近は暑いので行ってません(於 東大阪市)
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2014
01.29

恐竜の卵

Category: 自然石
とある休日、生駒山にあるハイキングコースを歩いていますと

恐竜の卵1

とありました。

「うそやん!」と思いつつも、予定してたコースを離れ150m先を目指しました。

しかし「布市」⇒「クジラの骨出土」と言う事実もありますので「ほんまにあるんや」と信じ、さらに山道を歩きました。

歩き続けること数分、すると

恐竜の卵2

恐竜の卵3

とありました(笑)

よくよく考えると昔こんな案内はありませんでしたので…

そやけどほんま、卵や言われるとほんまにそう見えます。

「イコマザウルス」これは上手い事付けてますわなぁ。

一瞬、信じましたわ。

恐竜の卵4

恐竜の卵5

恐竜の卵6

恐竜の卵7

しかしほんまきれいに卵の形してます(於 東大阪市)
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2013
12.10

神武天皇腰掛石

Category: 自然石
生駒山の谷を登ったその中腹に「神武天皇腰掛石」があります。

腰掛石は三角形の自然石でそばに「神武大帝腰掛石」と刻まれた石碑が建てられています。

言い伝えによりますと、神武天皇が東征の際に腰を掛けられた石だそうで、その神武天皇が日本を統一する為に石切の港から討伐に向かった際、その戦いが思うに任せずこの石に腰掛け、思案の末に東(太陽)に矢を放ってならぬとこの地を下り、東側に回られたのだそうです。

それで、神武天皇関連の石碑の記事にも記しました様に、現在ではこの東征は歴史的事実としては認められていないそうですが、身近な山である生駒山西麓周辺にそれら石碑が点在するのも、この地域が「古くから歴史のある地」である証と言う事になるのでしょう?

まあ、あまりにも身近にあり過ぎて逆にピンと来ないって感もありますけど…

神武天皇腰掛石1

神武天皇腰掛石2

神武天皇腰掛石3

神武天皇腰掛石4

神武天皇腰掛石5

神武天皇腰掛石6

神武天皇腰掛石7

神武天皇腰掛石8

谷深い場所にあります(於 東大阪市)
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2013
10.04

おもかる石

Category: 自然石
「波牟許曽神社」に「おもかる石」と呼ばれる石があります。

見ての通りごく普通の自然石ですが、説明されています様に持ち上げた時に軽いと感じれば願い事が叶うとの事です。

私、父親から神社はお願い事をする場所ではないと聞いて以来(父親が若い頃、枚岡神社の宮司さんからそう聞いたそうです)願掛けはしていませんので、願いがかなう様にこのおもかる石を持ってみようかと思いましたが、これと言って願い事がありませんでしたので、持つのはやめておきました(笑)

ただ持つだけだと、ばちがあたる様な気がしましたので…

私いつもお願い事はお地蔵様にしていますので。

おもかる石1

おもかる石2

おもかる石3

おもかる石4

その後何度か訪れましたがまだ持っていません(於 東大阪市)
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2013
09.23

生駒石

Category: 自然石
近鉄八尾駅前に「生駒石」があります。

何故この場所にあるのか?その理由は分かりませんが、何故か八尾にあります。

私は石に関して殆ど知識がありませんが、生駒石と呼ばれる為の条件で最たるものは当然、生駒山から切り出された石であると言う事になります。

ここで取り上げました「大坂城築城残石」「刻印石」も生駒から切り出された石ですし、その他の東大阪周辺の道標等の石造物も、おそらくその殆どが生駒石が使用されているものと思われます。

それで、生駒山を歩いていると採石の為と思われる、くさびの跡がある石を見かける事があります。

道沿いにある事もありますし、庭石として使われている事もあります。

私、仕事で金属を扱っていますので、同じ無機質の類の物でも石に関しては全く違う感覚で、見ていても何か心が和む様な気がします。

それが、私の石造物が好きな理由の一つでもあるのですが、これがコンクリートだとまた全然違う感覚で、似てると言えば似てるかも知れませんが、やはり感じ取る何かが違うからでしょうか?

これまで中河内を中心に数多くの石造物を見てきましたが、その興味はこれからも尽きないと言った感じです。

これからもいろんな「石もん」を見てみたいです。

生駒石1

生駒石2

生駒石3

生駒石4

生駒石5

生駒石6

生駒石7

八尾やったら高安石?(於 八尾市・東大阪市)
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2013
01.23

長瀬川沿いの石

Category: 自然石
森河内東の長瀬川沿いに大きな石があるのですが、いつからあるのか記憶にありません。

この辺りは子供の頃から良く知った場所で、多分畑だったと思う(?)のですが、その頃からあったのか?あと何故ここにあるのか?その理由も不明です。

それでどうのこうの言う訳ではありませんが、ここ数年気になっていたものですから…

あと私は「長瀬川」と言うとこの辺りの事を思い浮かべます。

当時は中央が用水路、その両側が排水路だった「三本」で、その臭いまで思い出す程、汚れた川でした。

今は護岸に遊歩道も整備され、水もそこそこ綺麗になりましたけど。

長瀬川沿いの石1

そこそこ大きな石です(於 東大阪市)
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2011
10.30

力石

Category: 自然石
神社等で「力石」と呼ばれる、丸形や俵形の石が置いてある事があります。

その名の通り、持ち上げて力比べをする為に使用された石で、重量が100キロ前後ありそうなものばかりです。

大小数個が組み合わされている事が多いので、小さいものから順番に持ち上げたのでしょうか?

それで、休日にある神社を訪れますと、力石が置いてありました。

一番小さいものは80キロ位に見えたので、持ってみようかと思いました。

私、今でも80キロ位の重さのものなら持って歩く事が出来ると思っています(?)

さすがに重量挙げの様に肩より上には持ち上げられませんが、頑張れば100キロでもいけるんじゃないか?と思っています(笑)

でも勝手に持ち上げて動かすと、やはりまずいでしょうから、その時はやめておきました(-_-;)

一度、持たせて頂きたいと思いますが…

力石1

力石2

力石3

力石4

力石5

力石6

力石7

ほんまにいっぺん持ったろうと思てます(於 八尾市・東大阪市)
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2011
07.10

大西丹後守馬乗石

Category: 自然石
「神並小路地蔵尊」の傍に自然石が置かれています。

この石は生駒石で以前は別の場所にあったそうですが、その昔この辺りに大西丹後守と言う豪族が住み、背が低かった為にこの石の上に立ってから馬に乗ったので、この名が付けられたと伝わるそうです。

この石、標石が無ければ普段見かける、庭石としか思いませんけど(…)

大西丹後守馬乗石1

大西丹後守馬乗石2

この石にはそんな言い伝えがあるんですね(於 東大阪市)
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2011
05.06

貫通石(その1)

Category: 自然石
「白龍大神」の鳥居横に近鉄東大阪線(現けいはんな線)生駒トンネルの貫通石があります。

この場所は旧生駒トンネルの西坑口となります。

あと、私は知らなかったのですが、旧トンネルの一部が利用されているのだそうです。

貫通石1-1

昭和60年ですか?この路線が出来てもうそんなにたつんですね(於 東大阪市)
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2011
04.10

唐櫃石

Category: 自然石
中石切町に「唐櫃石」と呼ばれる自然石があります。

傍らに石碑が建てられ「此の石は元辻子の路傍にあり、昔役の行者がこの石上にて座禅したと伝えられる。石切神社の神武帝蹴上げ石と千手寺の業平腰掛石と共に古来より石切の三名石と云う」と刻まれています。

見た目は大きな庭石って感じなんですが、碑文を読みますと本当に(?)由緒ある石に見えてしまうのが不思議です。

石の産地としても有名な生駒山には、この様な謂れのある石が多くあります。

周囲を玉垣で囲まれ保存されています。

唐櫃石1

唐櫃石2

この石の上で人が座禅が出来る位の大きさはあります(於 東大阪市)
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2011
02.23

記念石

Category: 自然石
以前からあるのは知っていましたが…

裏面を見ますと…

だそうです。

記念石1

記念石2

何でここにあるの?って思いましたが、やっぱりここかなぁ…と(於 東大阪市)
Comment:2
2010
12.29

大坂城築城残石

Category: 自然石
生駒山には豊臣時代の大坂城築城から徳川時代の修築時に石垣用として切り出された石が、使用されずにそのまま残されているものがあります。

その石は「残石」や「残念石」と呼ばれ、善根寺町の車谷へと続く道にその一つが残されています。

残石には切り出す際のくさびの痕や「刻印石」と同様に刻印が打たれていますが、詳しくは東大阪市の設置した説明板がありますので、そちらを御覧頂きたいと思います。

それで、この石は徳川時代の大坂城修築時のものだそうですが、生駒山中には他にもまだ同様の残石が、多数点在しているのだそうです。

実際どの位残っているんでしょうか?

残石1

残石2

残石3

残石4

残石5

残石6

しかし、この石どうやって麓まで運んだんでしょうかね?(於 東大阪市)
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2010
12.28

刻印石

Category: 自然石
豊臣時代の大阪城の石垣に使用されたその石の殆どが、六甲山系の花崗岩だそうですが、生駒山系の花崗岩も石垣に使用されたそうです。

善根寺、日下地区には切り出す準備の為、刻印が打たれた「刻印石」が現在も残されています。

この刻印石は石垣に使用するのでは無く、採石場の境界や範囲を示す「牓示石」に使用された安山岩だそうで、元は暗越奈良街道の額田橋付近にあったものを大正時代に民家の庭石として使用していたそうです。

刻印石1

刻印石2

《追記》
この刻印石は花園中央公園内にありますが、園内が整備された際に別地に移設されましたので写真を追加しました。

刻印石3

刻印石4

刻印石5

刻印石6

刻印石7

刻印石8

刻印石9

刻印石10

見た目は大きな普通の庭石みたいなんですけど(於 東大阪市)
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