Category燈籠 1/2

黒谷の燈籠

黒谷の「高安信貴山道」に解体された燈籠が放置されています。この燈籠は麓から山越えの道を上がり「十丁坂」と呼ばれる坂を上がりつめた、二十年程前に山崩れにより開けた場所にあり「十丁目燈籠」と呼ばれているそうです。竿の部分に「常夜燈」「大阪和讃講」「千手院」と刻まれ、文化十二年(1815)の年号があります。かつては、麓からもよく見えていたそうで、戦前まで毎夜信貴山から灯りを入れに来ていたとの事ですが、昭...

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玉祖神社の燈籠

「玉祖神社」の社殿から少し離れた参道石段の南側に燈籠が一基建てられています。この伊勢燈籠は文政四年(1821)に建てられたもので、中台に「太神宮」竿に「永代常夜燈」「郡川村願人元綿屋八兵衛」と刻まれています。あと、御覧の通り横に建つ建物と比べても、その大きさが分かるかと思いますが、高さ約5m70cmあるそうで、八尾市内最大の石燈籠だそうです。それで、その高さ故に基壇も普通の燈籠に比べると数も多く、...

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東豊浦町の金比羅燈籠

暗峠の地蔵堂前に金比羅燈籠が建てられています。御存知の方も多いかと思いますが、竿の部分に「金比羅大権現」と刻まれ、弘化四年(1847)の年号に建てられたものです。この場所に金比羅燈籠が建てられた経緯は分かりませんが、その金比羅燈籠が以前倒れていました。何故倒れていたのかは不明ですが、燈籠の前に建つ道標は以前と同じでしたので、車等の衝突で倒れたのではない様でした(?)それで普段、燈籠のつなぎ目(接合...

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額田谷のキリシタン燈籠

額田谷(長尾谷)に一基のキリシタン燈籠が建てられています。建立年代等の詳しい事は全く分かりませんが、枚岡神社にあるキリシタン燈籠とよく似たものです。キリシタン燈籠は「織部燈籠」とも呼ばれ、竿の部分に立像が刻まれているのが主な特徴で、以前取り上げました、鴻池新田会所と郷土博物館にあるものは共にこの特徴を持っています。それで、今回取り上げました額田谷の燈籠には、私には判読出来ない文字が刻まれていまして...

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池之端町の燈籠

「池之端春日神社」の鳥居前に一基の燈籠があります。それで、年号等も確認出来ませんで、詳しい事は全く分かりません。竿に「太神宮」と刻まれていますので「伊勢燈籠」かと思われますが、十年程前に初めてこの燈籠を見た際、私「おかげ燈籠」だと思っていました。その当時、それ程燈籠に関して知識はありませんでしたのでそう思ったのですが、この燈籠を見ますと「龍間神社のおかげ燈籠と似てるなぁ」といつも思います。池之端に...

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古町の燈籠

大和川の堤防に「光徳寺」への道標が建てられていますが、傍らに三基の燈籠があります。それで、私高い所が大の苦手でして、その場所が大和川の堤防の斜面でしたので、長い間そこへ行く事はありませんでした(高さはそれ程でもないかと思いますが、私にとっては恐怖を感ずる程の高さです…)しかし、非常にこの場所に建つ燈籠が気になっていましたので、意を決して道標(燈籠)の建つ場所へ行ってきました(怖)写真撮影してすぐ(...

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西岩田のおかげ燈籠

西岩田に「おかげ燈籠」があります。このおかげ燈籠は、天保二年(1831)に建てられたもので、竿と台石にそれぞれ「太神宮」「おかげ」と刻まれています。元は「三十八神社」に建てられていたものだそうですが、社殿新築の際にこの場所に移設されたそうです。あと、側に記念碑等の石造物は石材が置かれており、おそらく新社殿造営以前にあった鳥居等の石材かと思われます。それで、東大阪市内に残るおかげ燈籠は全てここで取り...

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上石切町の燈籠

辻子谷を上がって行くと「石切神社上之社」へと続く道との分岐点に燈籠が建てられています。私、長い間この燈籠は一対だと思っていましたが、天保九年(1838)と弘化四年(1847)にそれぞれ建てられたものです。形状も殆んど同じですので、長い間一対と思っていたのですが、中台には「歓喜天」基礎中段には「大坂」と同じく二基共刻まれています。歓喜天と刻まれていますので「宝山寺」または「興法寺」の信仰者による建立...

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谷崎潤一郎ゆかりの燈籠とつくばい

日下リージョンセンターの玄関脇に谷崎潤一郎ゆかりの燈籠とつくばいがあります。私、純文学に関しては殆んど知識が御座いませんで、谷崎潤一郎と言えば百恵ちゃんと三浦友和が出演していた映画「春琴抄」を見たくらいです(かなり昔ですが…)その谷崎潤一郎が昭和6年9月から11月まで、現在の善根寺町にあった根津家の別荘に仮住まいしていました。根津家(根津商店)については、後の機会に記事とさせて頂く事にしますが、当...

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郡川の燈籠

郡川に燈籠が二基建てられています。集落の中程にそれぞれ別の場所に一基ずつ建っており、北側に建つ燈籠には「愛宕山常夜燈」「郡川村」と刻まれ、延享元年(1744)の年号があります。あと、南側に建つ燈籠には「愛宕山燈籠」と刻まれ、延享三年(1764)の年号があります。それで、この二基の燈籠は所謂「愛宕燈籠」で、講の方々の持ち回りで毎日点灯されているそうですが、私は夜間この場所を訪れた事がありませんので、...

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栄和町のおかげ燈籠

栄和町におかげ燈籠があります。この燈籠は慶応三年(1867)に建てられ「おかげ」「太神宮」「村内安全」と刻まれています。それで、この燈籠前の道は「河内街道」だそうで、恥ずかしながら最近まで知りませんでした。「宇波神社」までは、旧河内街道が何処を通っているのかは把握していますが、神社より以北は何処を通っているのか?実は良く知りませんでした。しかし、道自体は私が現在の地域(東大阪東部)で暮らす様になっ...

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吉田下島の燈籠

吉田下島に燈籠が一基あります。竿の部分に「常夜燈」あと、明治十年(1877)の年号が刻まれています。それで何故、ここ吉田下島に燈籠があるのかと言いますと、旧吉田村は古くから開けた大きな村だったそうで、旧吉田川をはさんで北側が「本郷」南側が「新家」あと、少し北に離れたところにある「下島」「艮」に分かれていました。この燈籠がある、現在の吉田下島は吉田の旧村だった場所で「吉田」と付いているのはその名残だ...

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諸福のおかげ燈籠

諸福におかげ燈籠が一基建っています。天保二年(1831)に建てられたこの燈籠には「天照太神宮」「河州 諸福村」と刻まれ、諸福村の人達によって建てられた事が分かります。それで、この辺りには学生時代の友人が住んでいましたので、昔からこの道は良く通っていましたが、この道が「古堤街道」だと言う事は、地元の歴史に興味を持つ様になってから初めて知りました。今も鴻池から諸福へ抜ける時は、いつもこの道を通って行き...

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三住町のおかげ燈籠

三住町にある、お寺の境内に「おかげ燈籠」が一基あります。「太神宮」「御影踊中」と刻まれ、天保二年(1831)の年号があります。元はお寺の前の道沿いにあったそうですが、いつごろ境内に移したのか?その他の詳しい事は分かりませんでした。それで、このおかげ燈籠は三年程前に見に訪れたのですが、当時私はお寺に入るのが少々苦手だった時期でして、この時もかなり敷居が高い感じでしたが「こんにちわ」と挨拶して境内に入...

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阿遅速雄神社のおかげ燈籠

鶴見区に鎮座する「阿遅速雄神社」の境内におかげ燈籠があります。竿と基礎には「大神宮」「おかげ」と刻まれ、慶応四年(1868)の年号がありますが、意外にも大阪市内に残るおかげ燈籠はこの一基だそうで、更に意外だった事は、私が幼少の頃より「放出の神社」と呼んでいたこの「阿遅速雄神社」に市内唯一のおかげ燈籠があったと言う事です。当然の事ながら、これまでそんな事は全く知りませんでした(-_-;)それで、神社の前を...

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大谷神社のおかげ燈籠

「大谷神社」におかげ燈籠があります。「太神宮 南 かうや道 北 京のざき道」と刻まれ、文政二年(1819)の年号があります。あと「竹」を〇で囲ったものも刻まれていましたが、これについて詳しい事は分かりませんでした(屋号でしょうか?)それで「南 かうや道 北 京のざき道」と刻まれている事から、このおかげ燈籠は道標も兼ねていた事が分かりますが、現在神社の手水舎横に移設され、元は東高野街道沿いに建てられ...

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市杵島姫神社のおかげ燈籠

「市杵島神社」の境内におかげ燈籠が一基あります。それで、手持ち資料にこの燈籠をおかげ燈籠とする記述はありませんでしたが、今回この燈籠をおかげ燈籠として取り上げさせて頂く事にしました(…)燈籠には竿と基礎の部分にそれぞれ「太神宮」「踊子中」と刻まれていますが、年号等は確認出来ませんでした。あと、御覧の様に「火袋」が欠損していますが、欠損の理由は不明で、以前から境内にあったかも不明です。市杵島神社が合...

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吉田の燈籠

吉田に燈籠が建てられています。元治二年(1865)に建てられたこの燈籠には「氏神 常夜燈」「吉田新家辻 氏子」あと世話人の名が刻まれています。この燈籠が建てられている場所は旧吉田川跡の南側、旧吉田村の「新家」と呼ばれる地区で、吉田村は「六カ辻」と言い、本郷の「市場」「辻間」「小路」新家の「新家」あと、出郷の「下島」「艮」の集落に分かれていました。燈籠には「吉田新家辻」と刻まれていますが「辻」は道と...

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龗神社のおかげ燈籠

龗神社の境内におかげ燈籠が一基あります。この燈籠は天保二年(1831)に建てられたもので、竿の部分に「太神宮」「お可け」と刻まれています。それで、この付近はかつて「深野池」の堤防跡だったそうで「三年坂」と呼ばれているそうです。三年坂とは「転ぶと三年で死ぬ」と俗信があるそうですが、深野池の堤防は然程高いものではなかったと思われますので、ここではその様な俗信は伝わっていないそうです。大東市域は低...

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八尾木の燈籠

燈籠(常夜燈)は寺社以外でも見かける事がありますが、八尾木の旧村部に燈籠が建てられています。この燈籠は弘化二年(1845)に建てられたもので、火袋に点燈する為に石段が据付られ、高さは3.7mあるそうです。それで、基礎の部分に「大門 北小路」と刻まれていますが、この場所は「北小路」と呼ばれているのか?あと「大門」について調べてみましたが、かつて存在したと推定される「弓削(由義)寺」に因む字名なのか?...

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須波麻神社のおかげ燈籠

「須波麻神社」におかげ燈籠が一基あります。文政十三年(1830)の年号が刻まれたこのおかげ燈籠は「東高野街道」と「古堤街道」との交差点の北東角に建てられていたそうで、道標も兼ねていたと思われます。各面には「太神宮 東 なら 木津」「北 京 御影踊連中建之」「南 高野山 世話人若中…」「西 大坂」と刻まれています。以前は基壇が少し見えていましたが、現在はコンクリートで塗り固められています。何らかの理...

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東久宝寺の燈籠

「本町の金比羅燈籠」の道路を挟んで南側、東久宝寺の本町橋の西詰に燈籠が建てられています。竿の部分には「常夜燈」基礎の部分に「久新田」と刻まれ、幕末の慶応二年(1866)の年号があります。それで、この場所にはかつて船着場があり、現在は船着場をイメージした親水施設が設置されています。夜間は点燈されていませんが、小さな照明があり、ライトアップ(?)されています。夜の写真はある夏の夜、通りがかりに川辺で涼...

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本町の金比羅燈籠

本町の長瀬川沿いに金比羅燈籠が建てられています。竿の部分に「金刀比羅宮」と刻まれ、明治十一年(1878)の年号があります。それで、この場所は長瀬川の船着場があった場所で、八尾側を「八尾浜」久宝寺側を「船着場」と呼んだそうです。詳しくは八尾市の設置した説明碑を御覧頂きたいと思いますが、その説明にもあります様に付替え後、井路川となった長瀬川では「剣先船」と呼ばれる川船が運行されていました。それで、他の...

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大賀世神社の燈籠

これまで私のブログで「おかげ燈籠」を取り上げてきましたが、その燈籠がおかげ燈籠であるかどうかは手持ち資料を参考にしています。燈籠に「おかげ」や「おどり」と刻まれていれば、その燈籠がおかげ燈籠だと判断出来るのですが、例えば「太神宮」とだけ刻まれているものもあり、年号等を考慮してもその燈籠が本当に「おかげ参り」の記念として建てられたものかどうか?私にはその判断が難しい場合があります。今回取り上げます「...

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稲葉の燈籠

稲葉の旧村部に燈籠が建てられています。この燈籠、御覧の様に基礎が「コンクリート」竿が「石」火袋が「木」笠が「銅」で出来ています。竿の部分に文字が刻まれていますが、判読出来ませんでしたので、造立年代は分かりませんでした。それで夜、時折ここを通りますと、電気によって点燈されています。燈籠は石造と思っている私にとって、自宅から程近い場所にあるこの燈籠はちょっと珍しいです。ちょっと愛嬌ある感じの燈籠です?...

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若江本町のおかげ燈籠

若江本町におかげ燈籠があります。このおかげ燈籠は明治三十九年(1906)に建てられたもので、竿の部分には「太神宮」基礎には「見郷所若中」と刻まれ、東大阪市内では唯一、明治三十九年の年号のあるおかげ燈籠となっています。それで、このおかげ燈籠は以前お寺の境内にあったそうですが、ご住職のお話によりますと、数年前に寺の境内から現在の場所へ移設したと言う事でした。あと、同じ年号のある「金比羅燈籠」も同じく移...

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善根寺町の金比羅燈籠

善根寺町の東高野街道沿いに金比羅燈籠が一基建てられ、文化七年(1810)の年号があります。生駒西麓の旧街道沿いに金比羅燈籠が建てられているのは、江戸時代この場所に「善根寺浜」と呼ばれる船着場があり、日下と善根寺の荷物や人を大坂へと運び大変賑わったそうです。生駒山から流れる「大川」に架けられている橋に「浜の橋」等「浜」の付いた橋名があるのはその名残かと思われます。それで、この場所から東にある生駒山に...

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稲田八幡宮のおかげ燈籠

「稲田八幡宮」の鳥居横におかげ燈籠が一基あります。このおかげ燈籠は慶応三年(1867)に建てられたもので、伊勢神宮への参拝記念として、稲田の村内に建てられたものをこの場所に移したのだそうです。それで、この燈籠は東大阪市内の他地区に残るおかげ燈籠とは、異なった形式の燈籠で竿の部分に特徴があります。あと「北之田丁 若中」と刻まれていますが、これは現在の自治会では北町会の地区にあたるのでしょうか?やはり...

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古箕輪八幡宮のおかげ燈籠

「古箕輪八幡宮」の境内におかげ燈籠が一基あります。このおかげ燈籠は天保二年(1831)に建てられたもので、竿の部分に「太神宮」と刻まれています。東大阪市内では、この天保二年の年号があるおかげ燈籠が最も多く建てられています。笠の部分が破損しています。今も水路が流れる古箕輪界隈は足を運ぶ事が多い場所です(於 東大阪市)...

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善根寺春日神社のおかげ燈籠

「善根寺春日神社」におかげ燈籠があります。このおかげ燈籠は、文政十三年(1830)に建てられたもので、竿の部分に「天照皇太神宮」「御蔭」と刻まれています。それで、神社の境内には多くの燈籠があり、おかげ燈籠もその数ある中の一基になります。数基の燈籠が横一列に並び、紅葉の時期はとても良い雰囲気です。そろそろ紅葉も見頃になります(於 東大阪市)...

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