Category古民家 1/2

茅葺の家(その17)

東大阪市内に切妻造りの立派なお宅があります。棟上と妻側屋根が瓦葺きで、その他の大屋根が茅葺の高塀造りとなっており、建築年代は分からないそうですが、江戸時代中期以降の建築と推定されているそうです。それで、このお宅近くを通る事が多いのですが、白の漆喰が非常に綺麗で、よく見ますと窓が設けられていますので、屋根裏にも部屋があるのでしょうか?かなり大きなお宅なので、屋根裏と言えどもかなり大きな広さがあるかと...

  •  0
  •  -

茅葺の家(その16)

八尾に茅葺の家があります。建築年代等、詳しい事は分りませんが、屋根の中央が茅葺の「大和棟造り」のお宅です。それで、屋根は複雑な形状をしていますが、瓦も違う形状のものが複数使用されています。私、瓦について殆んど知識はありませんが、瓦を葺き直すのもさぞ大変な事でしょう?時代の流れに伴い、生活条件に応じた改築等が行われ原形をとどめていない古民家も多くありますが、このお宅は比較的原形をとどめているかと思い...

  •  0
  •  -

船板塀(その5)

柏原に船板塀の蔵がありました。ある日、いつもの様に柏原をぶらぶらしていますと、路地の奥に船板塀が見えましたので行ってみますと、そこには船板塀の蔵がり、壁の一面だのみに船材が使用されている様でした(他面は敷地内ですので確認出来ませんでしたので…)それで、何気なしに船板塀を見ていましたが、何故か端の部分だけが焦げていました。船板の焼板(?)かと思いましたが、船板塀に続く板塀が新しいものに見えましたので...

  •  0
  •  -

茅葺の家(その15)

八尾の東部に茅葺のお宅があります。このお宅について詳しい事は分りませんが、越屋根が設けられた大和棟造りのお宅です。それで、このお宅の前を時折通る事があるのですが、ある日茅葺が葺き替えられている事に気が付きました。御覧の通り、別のお宅と見間違える程の仕上がりですが、庄屋屋敷や豪農の家屋では屋根材料として「茅」が使用され、三十年から四十年はもつのだそうです。それに対し、農家等の小規模な家屋では容易に得...

  •  0
  •  -

茅葺の家(その14)

私が度々通ります、東大阪市内の道路沿いに茅葺のお宅があります。大和棟造りのこの宅は、江戸時代後期から明治時代に建築されたそうですが、詳しい事は分からないそうです。敷地内には蔵が建ち並び、そちらの方も古い時代の建築かと思われますが、残念ながら個人のお宅ですので簡単に拝見する事は出来ません。しかし、東大阪には「鴻池新田会所」や「旧河澄家」が一般公開されていますので、興味のある方は足を運んで頂きたいと思...

  •  7
  •  -

水の家(その8)

今回は八尾市内にある「水の家」を取り上げたいと思いますが、このお宅で一旦「水の家」の記事は終了とさせて頂きます。と言うのも、この宅が写真撮影した最後のお宅でして、これ以降は見かけ次第更新とさせて頂きます。それで、詳しい事は分かりませんが、現在このお宅は住居としては使用されていない様で、倉庫として使用されているかと思います。私、この宅の前を度々通っているのですが、いつも農機具を収納されているのを見か...

  •  2
  •  -

トタン張りの家(その5)

今回の「トタン張りの家」は東大阪市内にあるお宅を取り上げますが、一軒目のお宅は「この家古い家やなぁ~」と思い、その後トタン張りの家に興味を持ったお宅であります。このお宅は築100年以上経つそうで、50年ほど前に茅葺をトタンで覆われたそうです。今も時折通りがかる事がありますが、当時としてはこの位が一般的な庶民(?)の住宅のサイズだったのでしょうか?二軒目のお宅は築150年以上だそうで、かなり以前(幼...

  •  0
  •  -

船板塀(その4)

自宅から然程遠くない場所に船板塀の蔵があります。これまで取り上げました船板塀の建造物と同様、道に面した壁面に腰板の建材として船材が使用されています。それで、船材が使用される理由についてですが、風雨による土塀の損傷を防ぐ為だそうで、釘跡も規則的に残り、それが模様の様な形となっています。あと中河内に関して、船板は所謂「川舟」の船材だと思っていたのですが、海で使用された船の船材も使用されているそうで、塩...

  •  2
  •  -

茅葺の家(その13)

今回取り上げますのは東大阪市内に残る茅葺のお宅で、中央部が茅葺の「大和棟」と呼ばれる造りとなっています。建築年代等は分かりませんでしたが、40年以上前に滋賀の茅葺職人によって葺き替えられたそうです。この写真は昨年に撮影したものですが、茅葺も状態もかなり良いかと思われますが、この状態で葺き替え40年以上経っていると考えると、茅葺と言うのはいったいどの位もつのでしょうか?その辺りは私よく知りませんが。...

  •  0
  •  -

茅葺の家(その12)

今回取り上げますお宅は屋根が特徴的で、入母屋造の屋根が十字に交差した様な造りです。この宅の詳しい事は分かりませんが、私この様な茅葺屋根はここ以外では一度も見た事がありません。それで、この宅は柏原市で初めて取り上げます「茅葺の家」となりますが、私このお宅の前は定期的に通っていまして、今月も三度程通りました。今のところ私が写真撮影した「柏原の茅葺の家」では唯一、一軒のお宅となります。柏原もほぼ全域にわ...

  •  6
  •  -

水の家(その7)

今回の「水の家」はこれまで東大阪市内で撮影したお宅を全て見て頂きたいと思いますが、最近は東大阪市内でも見かける事が少なくなってきました。「トタン張りの家」もそうなんですが、以前あったお宅が次に訪れると建替えられていたり、完全に取り壊されて建売住宅となっている事も多くなりました。ですので、これまで御紹介しました「古民家」にも既に取り壊され、現在は存在しないお宅もあります。やはり古民家には今の住宅には...

  •  0
  •  -

船板塀(その3)

今回取り上げます、船板塀の蔵は私が初めて見た「船板塀」です。まあ、これまで知らず知らずの間には見ていたかと思いますが、これが船板塀だと分かった上で見たのがこの蔵になります。この蔵の建つ場所は現在も玉串川に沿った田畑の広がる地区で、その昔は農作物の輸送等に舟が使用された事は容易に想像出来るかと思います。それで、建築資材として船材が使用される理由は良く分からないのですが、一見水と関わりの無いと思われる...

  •  0
  •  -

長屋住宅

東大阪市内に木造二階建ての長屋住宅があります。この長屋住宅のある場所周辺は、私の自宅からそれ程遠い場所ではありませんで、休日には近くを通る事も多く(今年も幾度となく通っています)以前から建物自体、ある事は知っていました。それで、以前は住人の方がお住まいでしたので、ここで取り上げるのをひかえていましたが、最近地元の方にお話しを伺う機会があり、現在お住みの方はいらっしゃらないとの事でしたので、今回取り...

  •  0
  •  -

茅葺の家(その11)

「茅葺の家」も最近殆ど見る機会が少なくなってきましたが、あと数軒はここで御紹介する予定でいます。そんな茅葺の家の中で今回は八尾市内で一番有名なお宅を御紹介したいと思います。八尾の方なら御存知だと思いますので説明は省略させて頂きますが、少しだけ説明しますと、この宅は八尾市内最古の町屋で建築年代は江戸時代の18世紀前半と推定されているそうです。大きく立派なお宅です。素晴らしく手入れされた茅葺です(於 ...

  •  0
  •  -

船板塀(その2)

今回は以前にも取り上げました「船板塀」の二回目です。今回も白壁に船板を使用した蔵で、良く見ますと船釘も使われていました。このお宅はかなり立派なお宅でしたので、建築年もそれなりの時代のものと思われ、このお宅の建つ場所から推測して「剣先船」の船材を利用しているのではないか?と思いました。私、基本的に旧村を繋いで探索しますので、古民家を見る機会が多いとは思いますが、それでも二回目、三回目に訪れた際には取...

  •  0
  •  -

トタン張りの家(その4)

昨日に引き続き本日も古民家の「トタン張りの家」を更新しようと思います。詳しい説明は今回も省略させて頂きますが、最近は同じ古民家である「茅葺の家」「水の家」は見かける機会が少なくなってきましたが「トタン張りの家」は探索の際に必ずと言っていいほど見かける事が多いです。しかし、老朽化などで建て替える為に取り壊される事もあり、ある日突然建物が無くなっていると言った事も時折あります。一枚目の写真のお宅も取り...

  •  0
  •  -

水の家(その6)

久しぶりの「水の家」の更新ですが、詳細等の解説は省略させて頂きます。以後の更新もそうなると思いますが…今回はまとめて御覧頂きますが、所在地は全て東大阪市内となっています。「水」にもいろいろあります(於 東大阪市)...

  •  0
  •  -

水の家(その5)

久しぶりの「水の家」の更新となりますが、今回も私が見かけた「水の家」を御覧頂きたいと思います。先ずは「水」と書かれた水の家です。文字通り「水」と書かれているお宅で、多くのお宅は「水」の字が切り抜き文字ですが、このお宅以外に水と書かれているお宅を見た事がありません。人通りの多い場所にありますので、御存知の方もいらっしゃるのではないかと思います?次は赤いトタン張りの水の家です。トタン張りの家では赤い屋...

  •  0
  •  -

船板塀(その1)

中河内にある旧村部で「船板塀」を見かける事があります。今回取り上げます船板塀は、蔵の外壁に船材が使用されているもので、私が初めて写真撮影した船板塀でもあります。数多くある船釘を打った跡が、この木材がかつて船であった事を物語っていますが、かつて中河内を流れる諸川を木造の川船が行き交った往時を忍ばせるこの古材は、現在も建物の一部材として残されています。私は当初、この木材がかつて船だったとは全く気が付き...

  •  0
  •  -

トタン張りの家(その3)

今回は「白いトタン張りの家」を取り上げたいと思います。「水の家」同様、白いトタン張りの屋根も度々見かけますが、やはり見た目が鮮やかと言う理由で白にしている様な事を最近、知り合いの方に伺いました。まあ、それだけが理由ではないかも知れませんが、見た目は確かに鮮やかに見えます。ただ瓦葺の屋根と違い、色褪せたり錆が浮いてくると塗装しなくてはならない様で、自宅近くのあるトタン屋根のお宅が屋根を塗装し直してい...

  •  0
  •  -

水の家(その4)

今回は東大阪市東部で見かける事の多い、白い屋根の「水の家」を取り上げたいと思います。それで、屋根を白く塗装する理由について、この地区に住む知人に訪ねた事がありましたが、はっきりとした理由は分らないと言う事でした。その知人のお宅も築100年以上の古民家なのですが、屋根は瓦葺ですので、その件については分らないらしく「何でやろうな?」と言っていました。しかし、白く塗られた屋根は外観が綺麗に見えますので、...

  •  0
  •  -

茅葺の家(その10)

街道沿いにあるこのお宅は、御存知の方も多いかと思いますが、総茅葺ではなく屋根の中央部のみが茅葺となっています。江戸時代中期の享保元年(1716)に建てられたそうで、築300年近くになります。あと、茅葺屋根の瓦棟上の妻側に瓦製の猿二匹が腰掛ける格好で据付られていますが、これを「猿棟」と言います。この猿は享保十三年(1728)の申年に据付られたそうで、岩田村と御厨村が井路川の排水の事で争った際、住吉大...

  •  0
  •  -

茅葺の家(その9)

この宅は江戸時代中期頃に建てられたそうで、築200年位となります。寺社等では築200年以上の建造物は多くありますが、民家でそれも東大阪市内だと、それ程多くは無いと思われますので、このお宅は貴重な古民家となります。それで、一軒の家に何代も続いて暮らし続ける事は、現在は普通の家庭において殆ど無い事で、二代位までが一般的ではないでしょうか?それだけ長く暮らし続けると言う事は、やはり「家を守る」と言う意識...

  •  0
  •  -

茅葺の家(その8)

このお宅の建築年代は分りませんが、周囲に現代の家が建ち並ぶ中「その1」のお宅と同様に、周囲とのギャップが感じられるかと思います。それで、平野部の市街地でこんなお宅に出会いますと、いつも「おぉー」って感じで見入ってしまいます。今の時代まで残されている事は素晴らしい事だと思いますが、それ以上に現在もこの家屋で生活されている方がいると言う事も、やはり凄と思います。昔の家ってどんな住み心地なんでしょうか?...

  •  0
  •  -

茅葺の家(その7)

このお宅は大正時代初期以前に建てられたそうです。明治、大正時代と言いますと、私は「レンガ造り」の建造物を思い浮かべますが、この宅はレンガ造りの煙突を据付られています。和洋折衷ではありませんが、別に違和感も無く、茅葺とレンガ製の煙突は共存している様にも見えます。「古い時代の終わり」と「新しい時代の始まり」が、このお宅には存在していると言う事になるんでしょうか?多分、煙突だと思いますが?(於 東大阪市...

  •  0
  •  -

茅葺の家(その6)

No image

土塀が残るこのお宅は、明治時代前半に建てられたのだそうです。私、茅葺と言えば何軒かのお宅が思い浮かぶのですが、このお宅もその中の一軒になります。それで、このお宅はかつて水車による「油絞り」を営われていたそうです。茅葺と松の木って何かよう合いますわ(於 東大阪市)...

  •  0
  •  -

茅葺の家(その5)

旧村部にあるこのお宅は、明治四十年(1907)に建てられたそうです。明治末期に建てられた家でも、築100年以上になります。しかし、残念ながらこのお宅は取壊されてしまいました。市街地に残る葺屋根のお宅も見る機会が少なくなってきました。今年の初めはあったんですが(於 東大阪市)...

  •  0
  •  -

茅葺の家(その4)

このお宅の茅葺屋根は手入れの行き届いた立派なものです。建築年代は明治前期以前のものだそうで、水害を防ぐ為に隣接地より土地が高い現在地へ引っ張って移動させたのだそうです。現在、この地区は住宅が密集していますので、家屋を移動させる事は不可能だと思いますが、当時はそれ程民家も多くなかったと思われますので、この様な事も可能だったのでしょう?現在、このお宅のある地区に水害が起こる心配は全くありませんが。茅葺...

  •  0
  •  -

水の家(その3)

黒いトタン張りに「水」とあります。ただ「水」と掲げないトタン張りのお宅もあるので「水」と掲げるのは、災難除けは勿論の事、過去に近隣で火災があったとか、村全体で決めた等、何か理由があるのではないか?と少々思いました。もしかして「水」と掲げる事が、流行した時代があったのでしょうか?現在、この様な風習はありませんが…隣の地蔵堂が対照的に白っぽいです(於 大東市)...

  •  0
  •  -

茅葺の家(その3)

このお宅は江戸時代末期、幕末の頃の建物で、桜田門外の変が起こった万延元年(1860)に棟上したと伝えらえているそうです。茅葺のお宅は茅葺の維持や手入れが容易ではないでしょうから、トタン張りにしたり新しく建替えられる事が多いかと思います。それで、茅葺のお宅は最近めっきり見る機会が少なくなりました。実はこのお宅、茅葺をトタンで覆われました。トタン張りとなりましたが、やはり現在の住宅には無い重みみたいな...

  •  2
  •  -