2013
05.03

成法せせらぎの小経

Category: 遊歩道
「成法せせらぎの小経」は八尾市の中心部を流れていた水路が、遊歩道に整備されたものです。

詳しくは八尾市設置の説明板がありましたので、そちらを見て頂きたいと思います。

それで、私の暮らす東大阪市にも水路跡の遊歩道があり、ここでも取り上げていますが、私が思う八尾と東大阪の違いにこの水路があります。

東大阪では市の中心部に水路跡の遊歩道は殆ど無いと思いますが、八尾は意外に中心部に現在も水路が流れている場所があり、それを見かけると「へぇ~こんなとこになぁ」と思う事があります。

この遊歩道の北の端は市役所の南側になりますが、今も遊歩道沿いには耕地があり、先程記したと同じ様に「へぇ~こんなとこになぁ」と思ったりします。

私この辺りの出身ではありませんので、昔の事は分かりませんが、水路があると言う事は灌漑用、または排水用に設けられた事になりますので、現在からは想像付きにくいのですが、かつてはこの水路流域にも多くの田畑が広がっていたのかも知れません。

水路のとしての役目は既に終わっていますが、現在は説明板にもあります様に、市街地にある数少ない水辺の憩いの場所となっています。

成法せせらぎの小経1

成法せせらぎの小経2

成法せせらぎの小経3

成法せせらぎの小経4

成法せせらぎの小経5

成法せせらぎの小経6

成法せせらぎの小経7

成法せせらぎの小経8

成法せせらぎの小経9

成法せせらぎの小経10

成法せせらぎの小経12

成法せせらぎの小経13

遊歩道の幅がちょっと狭いですけどまたそれが良いのかも知れません(於 八尾市)
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2012
05.25

新堀ふれあい通り

Category: 遊歩道
「新堀ふれあい通り」は「ひのもとふれあい通り」の北側にあり、それに続く様な形で整備されている遊歩道です。

それで、この遊歩道は櫛形となっていまして、出入り口が数か所あります。

その為か地元の方が結構利用されている様で、遊歩道沿いには民家が多く、またスパーマーケット等の店舗もありますので、徒歩や自転車で通行されている方をよく見かけます。

迷路の様なこの遊歩道には、所々に昔橋が架けられていたであろうと思われる小高くなった場所があったり、遊歩道名が記された丸太の形をした標柱も数本建てられています。

それで、他の水路跡遊歩道とは違い、繋がっていた水路全てを遊歩道に整備したと思われ、かつてこの場所にこの様な形で水路が張り巡らされていた事が非常に良く分かるかと思います。

あと、遊歩道名の「新堀」ですが、それに関して詳しい事は分かりませんでした。

新堀ふれあい通り1

新堀ふれあい通り2

新堀ふれあい通り3

新堀ふれあい通り4

新堀ふれあい通り5

新堀ふれあい通り6

新堀ふれあい通り7

新堀ふれあい通り8

新堀ふれあい通り9

新堀ふれあい通り10

新堀ふれあい通り11

新堀ふれあい通り12

新堀ふれあい通り13

新堀ふれあい通り14

新堀ふれあい通り15

写真はランダムになっていますので(於 東大阪市)
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2012
03.23

諸福緑道

Category: 遊歩道
「諸福緑道」はその名の通り諸福にあります。

東西に続くその緑道は、然程長い距離はありませんで、やや幅員が広い何処にでもある様な遊歩道に見えます。

緑道の出入り口には、東大阪市でもお馴染みの遊歩道名が記された「にせの丸太」がありますが、このにせの丸太が無ければここがかつて水路だった事は、地元の人以外には分らないかと思います。

それで、たまたま社用でこの場所に来た際、移動中の車の中からこの緑道が見えたので、後日あらためてここを訪れました。

この近くに住む友人に尋ねると、やはりここは昔水路だったそうです。

この辺りにもその昔、幾本もの水路が流れていたそうです。

諸福緑道1

諸福緑道2

諸福緑道3

諸福緑道4

諸福緑道5

諸福緑道6

諸福緑道7

でも良く見ると水路跡に見えるか?とも思いましたが(於 大東市)
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2012
01.26

尼の川

Category: 遊歩道
三箇に「尼の川」と名付けらた水路があります。

尼の川は元々水路だった様ですが、護岸は整備され水路沿いは遊歩道となっています。

私は地元の人間ではありませんので、昔の事は分かりませんが、水路沿いにある道は昔からあったものでしょうか?

それで「三箇」と言う地区は、江戸時代「深野池」内にあった島だったそうで、その中で一番大きな島が「大箇」と呼ばれていたそうです。

大和川付替後は新田開発され「三箇村新田」となり、現在の町名は「三箇」となっています。

この尼の川も新田内に掘られた水路(井路川)の一つだったと思いますが、大東市内にはこの尼の川の様に昔からある水路を改修し、遊歩道や親水施設を整備している所があります。

現在も水路が多く残る大東市は北河内ではありますが、度々足を運んでいる場所です。

尼の川1

尼の川2

尼の川3

尼の川4

尼の川5

尼の川6

尼の川7

尼の川8

尼の川9

尼の川10

それ程長い距離はありませんが良い雰囲気です(於 大東市)

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2011
12.04

夕焼け通り

Category: 遊歩道
「夕焼け通り」は遊歩道として整備される以前は「古箕輪八幡宮」の西側から東へと続く水路で「六郷井路」と「五箇井路」の間を流れていました。

昭和時代まで水路として利用されていましたが、周辺の農地の減少により、埋立て後に遊歩道として整備されました。

この水路の北を流れる「五箇井路」と南を流れる「六郷井路」は現在も農業用水路として利用され、かつて周辺には多くの水路が流れ、後年埋立て後に道路等に整備されていますが、そのまま埋立てた状態で残されている場所もあります。

それで、田畑も徐々に減りつつありますが、この遊歩道の南側には大きな水田があります。

私、この田圃を眺めるのが好きで、田植えの時期から稲刈りの時期まで、いつも写真撮影をしています。

この遊歩道はそれ程長くはありませんが、春に桜の花が綺麗に咲くので、毎年必ずこの場所へ桜の花を見に訪れています。

夕焼け通り1

夕焼け通り2

夕焼け通り3

夕焼け通り4

夕焼け通り5

夕焼け通り6

夕焼け通り7

夕焼け通り8

夕焼け通り9

夕焼け通り10

夕焼け通り11

また春が来るのが楽しみです(於 東大阪市)
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2011
12.03

川田ふれあい通り

Category: 遊歩道
水路の跡(その2)は「川田ふれあい通り」の南端で写真撮影したものでした。

「川田ふれあい通り」は東西に続く遊歩道と南北に続く遊歩道が交差し、東西に続く遊歩道は「鴻池四季彩々とおり」の延長で、この場所は「鴻池井路」の東端となります。

それで、この遊歩道はこれまで取り上げました他の遊歩道と同様に木々や樹木が植樹され、ベンチ等が設置されています。

朝夕には歩く人や犬の散歩をする人が多く、近くには大型商業施設があり、鴻池四季彩々とおりと繋がっている事から、遊歩道を利用する人が多く見られます。

この遊歩道は水路跡の利用と考えますと、この地区の住民の方々にとって利便性が高いかと思います。

私も散歩以外でも普通にこの場所を通る事がありますので。

川田ふれあい通り1

川田ふれあい通り2

川田ふれあい通り3

川田ふれあい通り4

川田ふれあい通り5

川田ふれあい通り6

川田ふれあい通り7

川田ふれあい通り8

川田ふれあい通り9

川田ふれあい通り10

最後の写真が「鴻池井路」の東の端だったところです(於 東大阪市)
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2011
12.02

緑が丘緑道

Category: 遊歩道
「緑が丘緑道」は大和川付替え以前の深野池跡にあり、後に「深野南新田」と呼ばれた開墾地となり、その新田内に掘られた幾本もの水路(井路川)の中のひとつでした。

現在、周辺には住宅が建ち並び、東西南北と流れていた水路もその殆どが埋立てられてしまったかと思われます。

しかし、現在も埋立てられずに残る水路もあり、そんな水路のある風景を見ますと、この辺りに田畑が広がっていた、そんな時代を想像出来たりもします。

それで、単にこの緑道は「緑が丘」にあるので、そう名付けられたものと思われますが、東大阪市にある水路跡遊歩道と違い、大東市の場合はストレートなネイミング多い様です(笑)

緑ヶ丘を東西に続くこの遊歩道の西側には水路が残っていますが、それも途中迄で現在公園のある辺りで消滅(?)しています。

東側は、JR学研都市線の手前で遊歩道は途切れてしまいますが、線路下を通る通路がありますので、もしかするとかつては線路の下を流れ、さらにその先へと続いていたのかも知れません。

確認はしていませんが。

緑が丘緑道1

緑が丘緑道2

緑が丘緑道3

緑が丘緑道4

緑が丘緑道5

緑が丘緑道6

緑が丘緑道7

緑が丘緑道8

緑が丘緑道9

緑が丘緑道10

「緑道」ですが木々もまばらです(於 大東市)
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2011
12.01

ひのもとふれあい通り

Category: 遊歩道
「ひのもとふれあい通り」は「加納の紀功碑」の裏側、やや分りにくい場所に出入り口があります。

ひのもとふれあい通りは、紀功碑のある場所から北へ、大東市との境界付近まで続いていますが「ひのもと」とは紀功碑の建つ場所が「樋の元」と呼ばれる場所(小字?)なので、そう名付けられたかと思われます。

それで、この遊歩道は住宅街の隙間を縫う様に通っていますが、殆ど人通りがありませんし、季節にもより雑草が生え、ゴミが捨てられている事があり、少々残念に思う時があります。

かつて、この地区で生活する上で重要だった用水路もその役目が終わり、埋立て後道路や遊歩道に整備しても、その地区で暮らす人々の利便性が良くなるかと言えば、そうとも言いきれない場合もあるのかも知れません。

只、この場所にかつて水路が流れていた名残ではありますが…

ひのもとふれあい通り1

ひのもとふれあい通り2

ひのもとふれあい通り3

ひのもとふれあい通り4

ひのもとふれあい通り5

ひのもとふれあい通り6

ひのもとふれあい通り7

ひのもとふれあい通り8

ひのもとふれあい通り9

ひのもとふれあい通り10

ひのもとふれあい通り11

ここもほとんど人が通らないみたいです(於 東大阪市)
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2011
11.30

万ノ丁せせらぎ公園

Category: 遊歩道
「万ノ丁せせらぎ公園」は遊歩道ではありませんが、水路跡に整備された公園です。

鴻池新田の基幹水路であった「鴻池井路」から、北方向へと分岐していた水路です。

それで「万ノ丁」ですが、これは新開池が新田開発され鴻池新田となった後、入植した農民による集落の一つが「万ノ丁」と呼ばれていた事によるもので、鴻池新田の北東にあったこの集落は、現在も自治会名にその名を留めています。

それで、鴻池四季彩々とおりから北に続くこの公園は、出入り口こそ公園として整備されていますが、それ以降は単に水路を埋立て整地しただけで、突き当たりのフェンスの向こう側にも東西に水路跡が続きます。

周辺には、幾本もの水路跡が残り、かつては東西南北と水路が張り巡らされていた事が分ります。

この万ノ丁せせらぎ公園はそのまま水路跡をそのまま公園として利用していますが、私ここ結構好きな場所です。

特にこれと言って何もありませんが。

万ノ丁せせらぎ公園1

万ノ丁せせらぎ公園2

万ノ丁せせらぎ公園3

万ノ丁せせらぎ公園4

万ノ丁せせらぎ公園5

万ノ丁せせらぎ公園6

万ノ丁せせらぎ公園7

万ノ丁せせらぎ公園8

万ノ丁せせらぎ公園9

万ノ丁自治会

見ての通りほとんど何もありません(於 東大阪市)
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2011
11.29

新田緑道

Category: 遊歩道
諸福にある「新田緑道」は、かつてそこが水路跡だった事が分らない程、一見何処にでもある様な歩道です。

それで、東西に続くこの遊歩道を西に行きますと、鶴見区の茨田大宮付近で「下八箇荘水路」に突き当たります。

下八箇荘水路を下流に行きますと、今度は「浜水路」と合流し、その後「寝屋川」に合流します。

寝屋川との合流点は鶴見区と東大阪市との境界付近になり、私も幼少の頃から知る場所で土地勘があります。

かつて、大東市の北部を流れていた水路(井路川)と、浜水路と寝屋川との合流点が水路によって繋がっていた事に少し驚いてしまいました(私が知らなかっただけですが…)

単純に地図を見れば分る事かも知れませんが、何となく水路(水路跡)を辿ると、以前から土地勘のある場所に行き着いた事で、直接的関りが無いと思っていた地区と地区が、その実はかつてから水路で繋がり、何らかの関わりがあったのかも知れないと思えました。

それ故、水路と言うものは、農業用水の供給源であり、また物資等を運ぶ重要な運搬手段だったとあらためて認識した次第です。

たまたま大東市にあった水路跡を辿ってみた、ただそれだけの事でしたが。

新田緑道1

新田緑道2

新田緑道3

新田緑道4

新田緑道5

新田緑道6

新田緑道7

下八箇荘水路1

下八箇荘水路2

浜水路1

浜水路2

水路の写真は「下八箇荘水路」と「浜水路」です(於 大東市・大阪市鶴見区)
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2011
11.28

みのわ入江通り

Category: 遊歩道
「みのわ入江通り」は箕輪の工場や倉庫が建ち並ぶ地区にあります。

東西に続く遊歩道と南北に続く遊歩道がTの字に交差し、埋立て以前は古箕輪へと続く水路(井路川)だった様で、遊歩道以外の水路跡は道路に整備されています。

それで、遊歩道名にある「入江」ですが、かつてこの場所は「新開池」の東南に当たる場所で、元禄年間に新田開発され「箕輪村新田」と呼ばれる開墾地となり、その「箕輪村新田」の絵図を見ますと、入江の様な地形に描かれていますので「入江」と名付けられたのでしょうか?

この遊歩道は人通りが少なく、地元の方以外はこの場所がかつて水路だった事を知る人も少ないかと思いますが、この辺りも工場や倉庫が建ち並ぶ以前は、田畑が広がっていたのだと思います。

みのわ入江通り1

みのわ入江通り2

みのわ入江通り3

みのわ入江通り4

みのわ入江通り5

みのわ入江通り6

みのわ入江通り7

みのわ入江通り8

みのわ入江通り9

みのわ入江通り10

工場と倉庫の間を縫う様にあります(於 東大阪市)
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2011
09.23

せせらぎの径

Category: 遊歩道
私は「平野屋新田会所」を訪れる際には、必ずこの「せせらぎの径」を通って行きます。

この場所は説明にもあります様に、江戸時代「深野池」を新田開発した開墾地である「河内屋南新田」と呼ばれた場所で、この遊歩道(井路川跡)は新田開発後に掘られた井路川の一つでした。

ここから北に行くと、途中「銭屋川」と合流し(現在は遮られ合流していない)平野屋新田会所の西側へと続きます。

尚、説明にある井路川の位置図は今後、この地区に関する記事に使用するかと思います。

それで「せせらぎの径」はその位置図の中央を上下に流れる井路川で、恩智川の方へと続いています。

二枚目の写真、火の見櫓の見える辺りに以前取り上げました樋門があり、おそらくここで恩智川から取水していたのだと思われます。

現在は恩智川から取水した水を浄化した後、循環させていますが、水路や水路沿いの遊歩道には、いつ来てもごみ一つ無く、いつも綺麗に清掃されていますが、これは「アダプト制度」と呼ばれる活動で、行政と市民が共同で維持管理しているのだそうです。

休日に住民の方々が、水路沿いの草花の植え替え等の手入れをされているのを見かける事があります。

せせらぎの径1

せせらぎの径2

せせらぎの径3

せせらぎの径4

せせらぎの径5

せせらぎの径6

せせらぎの径7

せせらぎの径8

せせらぎの径9

せせらぎの径10

せせらぎの径11

「アダプト・水路」の表示にも井路川が描かれています(於 大東市)
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2011
09.14

西の川遊歩道

Category: 遊歩道
以前取り上げました「西昇遊歩道」を南に行くと、途中で分岐しています。

その先、双方の水路跡は現在埋立てられ道路に整備されていますが、分岐した東側の道路を更に南に行きますと「西の川遊歩道」と名付けられた遊歩道があります。

この水路は「吉田井路」等と呼ばれていたそうで、西側を通る「角田おかげ灯籠通り」と平行して続いていますが、こちらの遊歩道の方が少し距離が長く、中央大通り(国道308号線)まで続いています。

「角田おかげ灯籠通り」と同様に「西の川遊歩道」も中央大通り以南は水路又は暗渠となっており、吉田地区まで続いています。

それで、この遊歩道は出入り口に遊歩道名を示す類のものは無く、途中に自然石を三段に積み重ね、そこに遊歩道名が刻まれていましたが、その後黒の御影石(?)に遊歩道名が刻まれているものが、新たに建てられました。

何故、建て替えられたのか?その理由は分りませんが、私は以前のものの方が良かった様に思います。

あと、中央大通り手前の遊歩道沿いに道標があります。

西の川遊歩道1

西の川遊歩道2

西の川遊歩道3

西の川遊歩道4

西の川遊歩道5

西の川遊歩道6

西の川遊歩道7

西の川遊歩道8

西の川遊歩道9

西の川遊歩道10

西の川と呼ばれていたのでしょうか?(於 東大阪市)
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2011
08.21

徳庵希望通り

Category: 遊歩道
「徳庵希望通り」は「鴻池四季々とおり」と同様、鴻池新田の基幹水路だった「鴻池井路」を埋立て、遊歩道として整備されました。

それで、遊歩道として整備される以前、水路だった頃の事は今も覚えています。

当時、完全にドブ川の状態で水量もそれ程ありませんでしたが、水路沿いに桜の木があり、春になると綺麗な花を咲かせていました。

その後、長らくこの場所へ来る事はありませんでしたが、十数年ぶりに来てみると、水路は遊歩道に整備され、私が記憶している場所にあった桜の木はありませんでしたが、新たに木々が植樹され、その数は増していました。

あと、水路にはコンクリート製の橋が架けられていましたが、現在は撤去され「五箇井路」に続く小さな水路に設置されていた水門だけがそのままの状態で残されていました。

水路はJR片町線の築堤をくぐり、寝屋川へと流れていましたが、鴻池新田内には三本の水路「六郷井路」「五箇井路」「鴻池井路」が、東西にほぼ並行して流れていた事になります。

この辺りは鴻池新田の西端にあたる場所で、町名に「鴻池」の名が付けられいます。

徳庵希望通り1

徳庵希望通り2

徳庵希望通り3

徳庵希望通り4

徳庵希望通り5

徳庵希望通り6

徳庵希望通り7

徳庵希望通り8

徳庵希望通り9

徳庵希望通り10

20年程前はまだ水路でした(於 東大阪市)
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2011
07.31

角田おかげ灯籠通り

Category: 遊歩道
以前取り上げました「西昇遊歩道」を南に行くと、途中で遊歩道は分岐します。

その先、双方の水路跡(井路川跡)は現在埋立てられ、道路に整備されていますが、西側の道路を更に南に行きますと「角田おかげ灯籠通り」と名付けられた遊歩道があります。

この水路は「角田川」「菱江井路」等と呼ばれていたそうで、昔は子供達が魚とり等の川遊びをする絶好の場所であったそうです。

その後、農地の減少等で用水路としての役目も終わり、送水管を埋設して緑道として整備されました。

それで、遊歩道の途中に少し広いスペースの場所があるのですが、この場所は「舟だまり」と呼ばれる船着場だったそうで、この水路が物資運搬にも利用されていた事が分ります。

あと、川沿いの道路は古くからある古道だそうで、天保二年(1831)のおかげ参りの参道にあたる事に因んで「角田おかげ灯籠通り」と名付けられたそうです。

角田おかげ灯籠通り1

角田おかげ灯籠通り2

角田おかげ灯籠通り3

角田おかげ灯籠通り4

角田おかげ灯籠通り5

角田おかげ灯籠通り6

角田おかげ灯籠通り7

角田おかげ灯籠通り8

角田おかげ灯籠通り9

魚が泳ぐ昔はどんな風景だったんでしょうか?(於 東大阪市)
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2011
07.18

鴻池四季彩々とおり(その6)

Category: 遊歩道
向きを北に変えると、今度は府道を横断しますが、その場所に「昭和二十七年十月竣工」と銘のある橋の親柱(?)が遊歩道に埋め込まれています。

昭和二十七年だと、まだ鴻池井路は水路として機能していたと思われますが、この場所に架橋されていたのか?または水路の開削や護岸等の改修工事が行われのか?詳しい事は分りません。

それで、府道を横断し再び遊歩道になると、水路は暗渠となり、その先にJR学研都市線の高架と「寝屋川」の堤防が見えて来ます。

遊歩道は高架の手前、高架下が出入り口となっています。

以上、東大阪市で最も距離の長い、井路川跡の遊歩道をほんと大まかでしたが取り上げました。

懐かしさ半分、楽しさ半分で探索しましたが、機会があればこの様に「かつてを知る場所」をあらためて探索する事も、地元を知る上で必要ではないか?と感じた次第です。

知らぬ間に変わり行く、その土地のかつての風景を懐かしく思う時が多くなりましたので。

鴻池四季彩々とおり51

鴻池四季彩々とおり52

鴻池四季彩々とおり53

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鴻池四季彩々とおり55

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鴻池四季彩々とおり57

この辺りはほぼ私の地元です(於 東大阪市)
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2011
07.18

鴻池四季彩々とおり(その5)

Category: 遊歩道
遊歩道から徐々に大阪中央環状線と近畿自動車道が見えてくる様になります。

私、この辺りの鴻池井路の事は30年以上前の事ですが、はっきりと記憶しています。

当時、殆ど流れも無く澱み、悪臭のするドブ川状態で、井路川沿いにあった建物も殆んどが無くなり、すっかり出入り口付近の風景は変わってしまいました。

それで「鴻池四季彩々とおり」はこの場所から更に西へと続き、水路が大阪中央環状線を横断しています。

大阪中央環状線を横断する水路は暗渠では無く、普通のコンクリート護岸の水路となっており、環状線を横断すると水路は90度向きを北に変え、ポンプ場の方へと続いています。

しかし、本来鴻池井路はそのまま西へと流れていました。

その6に続きます。

鴻池四季彩々とおり41

鴻池四季彩々とおり42

鴻池四季彩々とおり43

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この辺りの事は良く覚えています(於 東大阪市)
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2011
07.18

鴻池四季彩々とおり(その4)

Category: 遊歩道
この辺りは鴻池新田駅が近い事もあり、遊歩道を通る人が多くなります。

しかし、原則遊歩道は自転車通行禁止になっている様ですが…

あと、近くには「鴻池新田会所」がある事から、会所にある「冠木門」を模した出入り口が設置されていますが、この付近は会所を中心とした新田の要所だったのでしょうか?

ところで、この記事に掲載している写真は、なるべく最近のものを掲載していますが、一枚だけこの遊歩道が完成した頃の写真があります。

おそらく、お分かりになると思いますが…

その5に続きます。

鴻池四季彩々とおり31

鴻池四季彩々とおり32

鴻池四季彩々とおり33

鴻池四季彩々とおり34

鴻池四季彩々とおり35

鴻池四季彩々とおり36

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鴻池四季彩々とおり38

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鴻池四季彩々とおり40

やっぱり水が無いと何のこっちゃ分りませんわ(於 東大阪市)
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2011
07.18

鴻池四季彩々とおり(その3)

Category: 遊歩道
分岐した遊歩道から、再び鴻池井路跡の遊歩道へと戻ります。

このエリアは石組みで出来た親水施設があったり、水生植物が植えられてあったりと工夫が凝らされています。

手押しポンプや放水銃(?)なんかも置いてあったりと、なかなか面白いのですが、この放水銃(?)は何処で使用していたんでしょうか?詳しい事は分かりませんが…

あと、途中には実際の井路川の様に木の杭で護岸されている場所もあります。

それで、私のいとこがこの近くに住んでいましたので、休日に良く遊びに来ていました。

鴻池新田駅から歩いて、古箕輪から流れる二本の水路(六郷井路・五箇井路)に架かる橋を渡ると、いとこの家があったのですが、何故かこの鴻池水路の事はあまりよく覚えていません。

必ず渡っていた筈なんですが、おそらく記憶に残らない程、当時は小さな流れになっていたのでしょうか?

それとは逆に二本の水路は、はっきりと記憶していまして、農繁期には満々と水を蓄えていました。

只、多少ドブの臭いがしていた記憶があるのですが、あの当時何処の川も同様な状態だったと思います。

それで、水路に水が流れていない写真がありますが、これはお正月に撮影したもので、この期間は水路に水は流れない様です。

その4に続きます。

鴻池四季彩々とおり21

鴻池四季彩々とおり22

鴻池四季彩々とおり23

鴻池四季彩々とおり24

鴻池四季彩々とおり25

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鴻池四季彩々とおり28

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やっぱり水路に水が無いのはへんですわ(於 東大阪市)
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2011
07.18

鴻池四季彩々とおり(その2)

Category: 遊歩道
遊歩道を西に行きますと、途中分岐して南側に遊歩道と水路が続いている場所があります。

ここも同様に「鴻池四季彩々とおり」ですが、その先で行き止まりになっていますので、メインの遊歩道に比べると、散歩等で歩かれている方もやや少ないかと思います。

しかし、東西南北に幾本もの水路(井路)が流れていた名残が感じられるエリアでもあります。

メインの遊歩道同様、遊歩道と水路はきちんと整備されていますが、当然ながら引き返さなければなりません(…)

私、ここにある柳の木が何となく好きでいつも来るんですが…

その3に続きます。

鴻池四季彩々とおり11

鴻池四季彩々とおり12

鴻池四季彩々とおり13

鴻池四季彩々とおり14

鴻池四季彩々とおり15

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鴻池四季彩々とおり18

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鴻池四季彩々とおり20

団地の中を抜けられる様ですが…(於 東大阪市)
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2011
07.18

鴻池四季彩々とおり(その1)

Category: 遊歩道
東大阪市の北部、東西約3kmに渡り、整備されている遊歩道が「鴻池四季彩々とおり」です。

この遊歩道は大和川付替え後「新開池」を新田開発した「鴻池新田」の基幹水路「鴻池井路」を遊歩道に整備したもので、かつてはこの水路から新田内の田畑に農業用水を行き渡らせていました。

昭和二十年代までは灌漑や生活用水、あと物資の運搬にも利用されていたそうですが、鴻池新田の宅地化が進み、生活・工業廃水等が流れ込んだ結果、水質が著しく悪化してしまいました。

その後、井路川(用水路)としての役目を終え、平成16年に遊歩道と人工の水路が整備され、水路には鴻池下水処理場の処理水が流れています。

それで「鴻池四季彩々とおり」はエリア毎に異なったテーマで整備されており、延長約3kmと距離が長い事もありますので、私が適当(笑)に区切り、数回に分けて更新しようと思います。

それでは先ず、自宅から近い東側から順に更新して行きたいと思いますが、ここは朝の散歩等で足を運ぶ事が多いエリアで、出入り口には滑り台の様な親水設備が設置されています。

ここから人工の水路が始まり、水路沿いには多くの木々や草花が植樹されています。

それで、途中に噴火山の様な噴水が二つ並んでいます。

うちの次男犬はこの噴水が好きで、一度喜んで水路に飛び込んだ事があります。

でも、水路の中には入ってはいけない事になっていますので念の為。

その2に続きます。

鴻池四季彩々とおり1

鴻池四季彩々とおり2

鴻池四季彩々とおり3

鴻池四季彩々とおり4

鴻池四季彩々とおり5

鴻池四季彩々とおり6

鴻池四季彩々とおり7

鴻池四季彩々とおり8

鴻池四季彩々とおり9

鴻池四季彩々とおり10

浄化水特有の匂いがします(於 東大阪市)
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2011
06.19

吉原北遊歩道

Category: 遊歩道
水路の交差する「藤五郎樋」から、東へと続くのが「吉原北遊歩道」です。

遊歩道はそれ程長くありませんが、水路(井路川)は遊歩道から暗渠となり、その後向きを変えて南へと続いています。

それで、この遊歩道は私の朝の散歩コースですので、一年中を通してほぼ毎月歩いています。

あと、西側(藤五郎樋側)の出入り口の前を「旧河内街道」が通り、こちらも散歩コースとなっています。

西側に「新河内街道」が通っていますが、こちらは車の交通量が多いので滅多に歩く事はありません。

自転車では通りますが。

吉原北遊歩道1

吉原北遊歩道2

吉原北遊歩道3

吉原北遊歩道4

吉原北遊歩道5

吉原北遊歩道6

吉原北遊歩道7

吉原北遊歩道8

吉原北遊歩道9

吉原北遊歩道10

吉原北遊歩道11

吉原北遊歩道12

暗渠

今日は天気が悪かったので行きませんでした(於 東大阪市)
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2011
04.17

おおぎまちせん

Category: 遊歩道
以前、私のブログを御覧頂いた方から、大東市に「おおぎまちせん」と言う名称の遊歩道があると教えて頂きました。

実際に現地を訪れ「おおぎまちせん」を歩いてみた後、あれこれ調べてみますと、以前この辺りには「鐘紡」の工場があり、国鉄片町線(当時)からの引込み線があったそうで、その線路跡では?等と推測しました。

その後、その方が市役所で問い合わせをされたところ「おうぎまちせん」とは遊歩道の事ではなく、道路の名称だという事でした(御足労さまでした)

私、それはそれで非常に納得したのですが、ではあの遊歩道は?と言う事になりました。

結論から言うとあの遊歩道は、かつてあの地区に多く流れていた用水路の一つだっだ訳ですが、確かにその後再び訪れた時に確認しますと、間違いなく用水路跡でした。

その当時は「あれ何やろな?」とあれこれ推測して楽しかった記憶があります。

それで、あれから数年を経た今年、追跡調査ではありませんが、再びあの「おうぎまちせん」へと足を運んでみました。

当時と殆ど変わらず、そのままの状態で「おうぎまちせん」はそこにありました。

この用水路は埋立てられましたが、この地区には未だ埋立てられずにいる用水路があります。

しかし、この地区はここ数年でかなり開発整備されているので、その内もう必要の無くなったこれら用水路も埋立てられるのではないかと、久しぶりに「おうぎまちせん」を訪れそんな風に思いました。

おおぎまちせん1

おおぎまちせん2

おおぎまちせん3

おおぎまちせん4

おおぎまちせん5

おおぎまちせん6

おおぎまちせん7

おおぎまちせん8

おおぎまちせん9

おおぎまちせん10

おおぎまちせん11

おおぎまちせん12

栄和町公民館建設記念碑

住道駅の南側もかなり風景が変わりました(於 大東市)
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2011
04.06

西昇遊歩道

Category: 遊歩道
水路が交差する「藤五郎樋」より、南側に整備されているのが「西昇遊歩道」です。

かつて、この水路は菱江や吉田地区への灌漑用、また水運に利用されていたそうです。

それで、藤五郎樋にある出入り口から南へ行きますと、その先で分岐し少し行くと南側の出入り口が見えて来ますが、その先の水路跡は道路や同様に遊歩道として整備されています。

私、この遊歩道を普段の生活道として利用していますが、朝の散歩でも歩く事があります。

遊歩道沿いには古いお宅も残っているので、そんなお宅を見ますと、ここが水路だった時代が偲ばれる思いがします。

しかし、私はこの辺りの出身ではないので、昔の風景は全く知らないのですが…

西昇遊歩道1

西昇遊歩道2

西昇遊歩道3

西昇遊歩道4

西昇遊歩道5

西昇遊歩道6

西昇遊歩道7

西昇遊歩道8

西昇遊歩道9

この遊歩道は毎週必ず通ります(於 東大阪市)
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2011
02.27

水走うらんか通り

Category: 遊歩道
現在、用水路(井路川)は農地の減少でほぼその使命を終えたかと思いますが、昭和時代の水質汚濁や汚泥の堆積、ゴミの不法投棄等で悪臭がする事もあり、埋立てが進められています。

それで、その埋立てられた水路跡が遊歩道に整備されている場所があります。

そんな水路跡の遊歩道を取り上げて行こうかと思いますが、今回取り上げますのが、自宅から程近い場所にある「水走うらんか通り」です。

私がこちら(東大阪東部)に越してきた当時はまだ水路でしたが、数年後に埋立てられ遊歩道となりました。

恩智川近くの取水口(?)そばには、現在使用されていないポンプ施設が残されています。

この遊歩道はそれ程距離はありませんで、朝の散歩等で歩くには少々距離が短いかと思いますが、水路跡の有効活用と言うよりは、かつてここに水路があった名残と考えた方が良いのかも知れません。

利用するのは殆どこの地区の住民の方々の様ですが。

尚「うらんか」の意味は分りませんでしたが「くらわんか」の様な意味でしょうか?

恩智川には昔「剣先船」と呼ばれる舟の運行があり、船着場もあったそうで、あと近くを「暗越奈良街道」も通り宿場も近い事もあり、水路と陸路の重要な拠点で賑わったかと思います。

水走うらんか通り1

水走うらんか通り2

水走うらんか通り3

水走うらんか通り4

水走うらんか通り5

水走うらんか通り6

月に何度か犬と一緒に散歩で通ります(於 東大阪市)

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