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常髙大明神

「常髙大明神」は足代北にあります。由緒等の詳しい事は分りませんでしたが、稲荷神がまつられています。それで、木製の燈籠が破損しており、何処の地区や個人の方がお世話されているかは分かりません。あと、周囲をコンクリートのブロック塀とフェンスで囲まれていますが、ブロック塀に鳥居が描かれていたので、おまつりされている事に気が付きました。布施の繁華街に近いので、最初は例の「小便するな!」かと思いましたが、この...

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本堂の社

本堂にお社があります。それで、これまでこのお社のある場所は、奈良県の三郷町だと思っていましたので「保留」としていましたが、最近確認しますと、ぎりぎり柏原市本堂でした(-_-;)ですので、鳥居の奥に祠がある様でしたが、鳥居の写真しか撮影していませんので、今回は鳥居の写真のみとなります。また、年内に信貴山を訪れますので、その際に祠の写真を撮影しようと思います。あと、赤い鳥居に「布施 奴鮓」とありましたので、...

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瀧行場

生駒山では瀧行場が各所で見られます。生駒山の西麓は傾斜が急で、谷を流れる谷川を利用した瀧行場を中心とした民間信仰が、明治以降盛んとなりました。生駒山で民間信仰が盛んになった理由として、瀧行場をつくるだけの水量と深さのある谷がある事、宝山寺を中心とする信仰が江戸時代からあった事、あと信仰を支える信者の獲得に都合の良い、大阪と言う大都会をひかえている事が挙げられるそうです。しかし、谷川の水量に関しては...

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田植宮

「田植宮」は郡川にあります。由緒等の詳しい事は分りませんでしたが、自然石に「田植宮」と刻まれた社標と石造の駒狐があります。それで、この場所は旧大阪外環状線沿いになりますが、私が単車で柏原方面へ移動する際は通る機会が多く、また以前から自転車でも移動の際にも通っていましたので、ある事自体は分かっていました。しかし、よく企業等でおまつりされているお社だと思っていました。詳しい事は分りませんが、郡川に知り...

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玉串町西の八代龍王

玉串川と第二寝屋川の交差する場所の近くに「八代龍王」の社があります。詳しい事は全く分かりませんが、この辺りは足を運ぶ事が多い場所で土地勘もありますので、20年位前にはお社があった様に思います。それで、石造物の年号を確認しますと、昭和五十五年(1980)となっていました。周囲の住宅に隣接して、取り囲まれる様におまつりされていますが、この場所におまつりされている理由は不明です。あと、お社の建つ向きも気...

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吉田本町の社

吉田本町に社があります。よくある企業でおまつりされているもので、扁額には「天照皇大神」「白高大神」「豊玉大神」とあります。詳しい事は全く分かりませんが、燈籠、狛犬、手水鉢等の石造物があります。それで、この場所は自宅から然程遠くない場所で、私がこの辺りで暮らす様になって20年以上経ちますが、その頃既にこの場所でおまつりされていたと思います。あと、特徴ある白の鳥居ですが、かつて私の実家近くに鎮座してい...

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髙倉大神

「髙倉大神」は山手町にあります。額田谷(長尾渓)沿いにある寺院にまつられていますが、詳しい事は分りません。それで、石造物等の年号確認はしていませんが、鳥居は私の地元である、稲田の方が奉納されていました。長尾谷は歩く機会が多く好きな道で、下山時にこの寺院の方(作務衣を着た僧侶の方)とすれ違うと、ご挨拶して下さいます。寺院についても詳しい事は分りませんが、以前取り上げた地蔵尊もこの場所にあります。八代...

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天川神社

「天川神社」は恩智越え(中信貴街道)の途中にある尾根にその石碑が建てられています。手持ち資料に記述が見当たりませんでしたので、インターネットで調べたところ、恩智神社の末社である「天川神社」の元鎮座地なのだそうです。詳しくは関連サイトを御覧頂きたいと思いますが「枚岡神社」にも「神津嶽」と呼ばれる、神社上方の生駒山中腹に元鎮座地があり、社殿が造営され鳥居等の石造物が建立されています。あと、かつて恩智神...

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足代の白龍大神

「白龍大神」は足代にあります。由緒等の詳しい事は全く分かりませんが、木製の燈籠と陶製の狛犬があります。おまつりされている場所は近鉄の高架下ですが、これまで全く気が付きませんでした。確か「モモヤ」の近くに踏切があった様に記憶していますが、近鉄奈良線の高架前からおまつりされていたのでしょうか?商店街が線路を横切っていますので、この場所にも踏切があった様に思いますが。気が付き難いですね(於 東大阪市)...

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いづのめさま

生駒山の山中に「いづのめさま」がまつれれています。詳しい事は全く分かりませんが、何方かがおまつりされたのでしょう?祠には大黒天がまつられています。この場所は登山道沿いにあり、私も度々歩くコースですが、いつ頃からこの場所に祠があったのかは不明です?メインのコースから分岐する道にあります。国定公園内なんですが…(於 東大阪市)...

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大岩大神・小岩大神

暗峠から南へと続く生駒縦走路沿いに「大岩大神・小岩大神」と刻まれたお塚がまつられています。詳しい事は全く分かりませんが、この道はもう何十年も歩いている道であったにもかかわらず、今月初めてまつられている事に気が付きました(-_-;)それで、所在地がもしかしたら奈良県かも知れない、微妙な場所にまつられていますが、もし奈良県側だった場合は御了承願いたいと思います(中河内を主としているブログですので…)小さなお...

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稲田本町の祠

稲田本町に祠があります。石造の祠内には五輪塔(?)が納められ、詳しい事は分りませんが、私の地元である稲田にあるこの祠は、幼少の頃既にこの場所にありました。それで、最近ふと思い出して足を運んでみたのですが、やはり昔と変わらず、道の真ん中にまつられていました。あと、十年程前に撮影した写真がありましたので見比べてみますと、周囲の風景が少々変わっています。以前あった建物が取り壊され、新たに建物が建てられて...

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猿田彦大神

「猿田彦大神」は上石切町にあります。詳しい事は全く分かりませんが、現在はお世話される方もいない様で荒れ果て、現地には神祠、仏堂を破損しない様にとの警告文がありました。実際に石造物は散乱していますが、お塚以外では御百度石等の石造物の一部は破損も無く残されています。それで、生駒山にはこの様なお塚がまつられている場所が多くありますが、その殆どが「生駒七谷」と呼ばれる、谷沿いにありますが、この猿田彦大神も...

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黒谷の妙見菩薩

黒谷に「妙見菩薩」があります。由緒等の詳しい事は分りませんでしたが、境内に「妙見菩薩のいわれ」がありました。それで、石造物について年号等を確認しますと、鳥居には天保四年(1833)竿の部分に「妙見宮」と刻まれた燈籠には文化二年(1805)狛犬の台座には嘉永四年(1851)あと、その書体から日蓮宗に関係があるかと思われる、題目が刻まれた石標(?)には天保十三年(1842)の年号がありました。石造物の...

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池島町の愛宕社

池島町にある「慈眼寺」の門前に「愛宕社」があります。由緒等の詳しい事は全く分かりませんでしたので、今回「愛宕社」とさせて頂きましたが、正式な社名等は確認しておりません。それで、お寺の山門等に地蔵堂がある事が多いので、私も地蔵堂かと思いましたが、祠内に「愛宕山」の扁額がありました。あと、手持ち資料に記述があった様に思いましたが、どの資料に記述があったのか?失念してしまいましたので、また何か分かりまし...

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国分本町の社

国分本町にお社があります。詳しい事は全く分かりませんでしたが、お寺の山門横にあります。山門横にありすので、地蔵堂かと思いましたが、お社でした。門扉で閉ざされています。社標や扁額はありませんでした(於 柏原市)...

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隆座大神

「隆座大神」は永和にあります。由緒等の詳しい事は全く分かりませんでしたが、玉垣に囲まれた石の祠の前に一対の燈籠があります。石造物の年号等は確認しておりませんが、祠には巳さんが彫られています。それで、この辺りは西支所と市民会館が無くなり、すっかり風景が変わってしまいました。私は布施市出身ですので、西支所で住民票の交付や私の世代では成人式も市民会館で行われていました。少し離れていますが、西消防署も建て...

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客坊町のお塚

客坊町にお塚がまつられています。すぐ近くに郷土博物館と山畑古墳群がありまので、御存知の方も多いかと思います。この場所には多くのお塚がまつられ、滝行場、お社、石仏等もまつられていますが、詳しい事は分りませんでした。石造物等の年号を確認しますと、昭和時代のものが多く、戦後昭和二十年代には信仰の場として開かれていた様です。あと、かつては池があった様で、お塚にもそれに関した神名が刻まれています。それで、生...

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八代龍王

ある日、生駒山歩きの帰り際にある企業の敷地内に「八代龍王」がまつられていました。石鳥居や燈籠等の石造物もあり、かなり立派なものでした。それで、八代龍王についてはインターネット等でお調べ頂きたいと思いますが、生駒山には八代龍王が多くまつられているのでは?と以前から思っていました。まつられているその理由は分かりませんが、古代寺院跡にある有名な寺院もそうですし、お塚にも八代龍王と刻まれている事があります...

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西向稲荷

「西向稲荷」は植松町にあります。詳しい事は全く分かりませんが、社標には「高倉大明神」「於花大明神」とあります。あと、お大師様とお不動様もまつられています。生駒山ではこの様な場所は多くありますが、平野部では見かける事は余りありません(私はですが…)玉垣等の石造物を確認しますと、多くの方が寄進されている様です。参拝した事はありませんが、この辺りを訪れた際に時折立ち寄る事があります。唐臼の台が置いてあり...

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水走の社

水走にお社があります。よく企業等でおまつりいている祠です。この場所は休日に通る事が多いですので。ご近所の方は御存知ですね(於 東大阪市)...

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白光大神

「白光大神」は上石切町にあります。御覧の通り神道系の教会で、詳しい事は分りませんが、隣接して不動明王や水子地蔵をまつる御堂があります。それで、境内の石造物の造立年代を確認しますと、殆んどが昭和時代のもでしたが、初期から後期までと造立年にも多少の開きがありました。それと、鳥居は三基ありますが、中央の二基目の扁額には「熊繁大神」とあり、この場所から引谷にある谷道沿いには、同じ系列と思われる、御社やお塚...

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佐麻多度神社

「佐麻多度神社」は山畑に鎮座しています。由緒等の詳しい事は境内に八尾市の設置した説明碑がありますので、そちらを御覧頂きたいと思いますが、説明にもあります様に旧鎮座地は高安山の中腹にあった「観音院」の寺地内だったそうで、山号を白華山と称し、十一面観音を本尊とする黄檗宗の寺院だったそうですが、明治五年(1930)に廃寺となったそうです。それで、境内の石造物は建立年代を確認すると明治期のものが多いのです...

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二宮神社

「二宮神社」は安堂町に鎮座しています。手持ち資料によると「杵築神社」と「春日神社」を合祀し、二宮神社と称したとありましたが、詳しい事は分りませんでした。更に資料を調べてみますと、大正時代までは杵築神社は村社として存在していた様で、大正十三年(1924)に二社が合祀されたとありました。あと、安堂には無社格の「御剱神社」が鎮座していたと言う記述もありましたが、こちらに関して詳しい事は分りませんでした。...

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弥栄神社

「弥栄神社」は中小阪に鎮座しています。由緒等の詳しい事は東大阪市が設置した説明板がありますので、そちらを御覧頂きたいと思いますが、かつては「牛頭天王」と称し、御承知の様に明治期の神仏分離令により、仏語をもって社名としている神社は土地の名、または八阪、弥栄等の社名に改称しています。それで、説明板にもあります様に、境内の石造物は灯籠を主に時代の新しいものが殆んどですが、拝殿前の一対の狛犬には文政十一年...

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上四条町の弁財天

鳴川谷の途中に「弁財天」があります。自然石に弁財天と刻まれていますが、詳しい事は全く分かりません。これまで、数え切れない程歩いています鳴川谷ですが、峠から下りこの弁財天まで来ると「あぁ、下りてきたなぁ」といつも思います。谷川の流れる音を聞きながら。鳴川谷は大阪からの千光寺への参詣道でもありました(於 東大阪市)...

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本郷の天満宮

本郷に「天満宮」があります。由緒等の詳しい事は全く分かりませんが、調べてみますと「天幡宮」である事だけが分かりました。社はお寺の山門脇にあり、その反対側には地蔵堂(大師堂)があります。古くからおまつりされているのでしょうか?柏原にはよく行きますが本郷は行く事が少ないです(於 柏原市)...

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森高大神

「森高大神」は植松町にあります。由緒等の詳しい事は全く分かりませんでしたが、鳥居の扁額には「森高大神 友黒大明神」とあります。すぐ近くに「立江地蔵尊」がまつられていますが、関係は無いかと思われますが、付近を少々探索しますと「もしかして?」と思われる事がありました。しかし、確証はありませんので、今回はその件について記さない事にします(-_-;)何度も行ってますけど詳しい事は分りません(於 八尾市)...

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山本八幡宮

「山本八幡宮」は山本町に鎮座しています。由緒等の詳しい事は省略させて頂きますが、享保年間に山本新田の鎮守として、石清水八幡宮から勧請されたそうです。それで、境内には多くの石造物がありますが、拝殿前にある一対の燈籠は享保十八年(1733)の年号があり、施主に「住友氏」と刻まれています。鳥居の後ろにある燈籠には寛政八年(1796)と安政五年(1858)の年号がそれぞれ刻まれ、鳥居横にある一基の燈籠は年...

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鐸比古大神

「鐸比古大神」は高尾山にあります。由緒等の詳しい事は分りませんが「高尾大明神」と呼ばれていたそうで、山頂は磐座となっており、そこに祠がまつられています。この場所は「鐸比古鐸比賣神社」の元鎮座地だそうで、中世にこの高尾山の頂上から現鎮座地へと遷座されたそうです。それで、昨年初めて高尾山を歩きましたが、私は超高所恐怖症ですので、祠の写真を撮影する為に岩盤を降りるだけで冷汗が出てしまいました(>_...