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船板塀(その6)

八尾に船板塀がありました。これまで取り上げた船板塀と同様、蔵の一面に施されています。それで、この船板塀には多くの「船釘」が残されていますが、釘の打ち方が良く分かるかと思います。私以前より、釘だけで繋ぎ合わせた木造船が、何故浸水しないのか?今でも不思議に思っています。それは、長く受け継がれきた先人の知恵でしょうが、またその部材を外壁として再利用する発想にも驚いてしまいます。かつて水路に浮かんでいた木...

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静電誘導対策樹木

生駒山には多くの樹木が生い茂っていますが、その多くの樹木の中に「静電誘導対策樹木」と表示された木がありました。木の種類等は私には分かりませんし、静電誘導対策樹木と言うものも、この表示を見て初めて知りました。それで、静電誘導対策樹木とはどの様な木なのか?それもよく分かりせんが、表示板に「電源開発(株)管理」とあります。インターネットで調べてみましたが、興味のある方は「電源開発株式会社」のホームページ...

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防火水槽(その5)

久しぶりに八尾で「防火水槽」を見かけました。この防火水槽に関して詳しい事は分かりませんが、何故か裏返しにしてあります。苔が生えていますので、長らくこの状態で置かれていたのだろうと思いますが、道路上に無造作に置かれている感じです。それで、私がこれが防火水槽と言う事を知ったのは、ネット上で長年お付き合いさせて頂いております、山本龍造氏のブログを拝見したのがその始まりです。ですので、今回氏のブログを拝見...

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八尾の史跡

恩智にある野外活動センター近くに「八尾の史跡」の案内板が設置されています。これ結構大きなものでして、八尾東部を主に史跡や寺社等が案内されています。それで、私もかれこれ中河内探索を始めて15年程になり、案内されている史跡等は全て訪れていますと言いたいところですが、唯一1カ所だけ訪れていない場所があります。それは大窪にある「ドルメン古墳」なのですが、過去数回(10回近く?)訪れようと足を運びましたが、...

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三角屋根の家

東大阪市の西部に特徴のある、三角屋根の住宅が建ち並んでいます。詳しい事は分りませんでしたが、外壁が板張りですので、昭和初期以降の建築では?と私は思いました。私が幼少の頃にあった小学校の木造校舎も外壁が板張りでしたが、鎧板等の木製の外壁はこの頃の学校建築と共通するものだそうです。それで、この三角屋根の住宅はこの場所以外に、高井田と私の地元である稲田にもありました。住宅の写真は「暗越奈良街道」の記事に...

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新東洋

6年程前に高安山の麓を歩いていますと、赤錆びた看板がありました。その看板には「ホテル 新東洋」とあり、私が幼少の頃にテレビ等でコマーシャルが放送されていたと思います。あと、同時期に放送されていた(?)と思いますが「箕面温泉スパーガーデン」や「びわ湖温泉 紅葉パラダイス」のコマーシャルも懐かしいです(^^)実際に新東洋や箕面温泉スパーガーデンを訪れた事はありませんでしたが(びわ湖温泉 紅葉パラダイスは前を...

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水車

ある休日、柏原の長瀬川沿いを自転車で通っていると、水車がありました。柏原はもう十年以上通っていますが、これまで水車がある事に全く気が付きませんでしたが、いつ頃からあるのでしょうか?当然の事ながら気になりましたので、インターネットで調べてみますと、長瀬川沿いにある製油会社が設置したとの事でした。その昔、水車を利用して綿実由を製造していたのだそうです。それで、水車と言えば生駒山でも水車を利用した、伸線...

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電化防犯モデル

東大阪市の旧布施市域某所に「電化防犯モデル」と書かれた標柱がありました。それで「電化モデルとは何や?」と言う事になりますが、調べてみましたが全く分かりませんでした(>_...

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黒谷地すべり

高安山麓、黒谷に「市民の森」があります。園内からは河内平野が一望する事が出来、見晴らしも良く多くの木々が植樹され、遊具等も設置されています。それで、園内には「地すべり」の説明板が設置され、対策工事等について記されています。この地区の地すべりについて詳しい事は分りませんが「亀の瀬」ほど規模の大きいものではなかった様で、深礎工等の工事は行われていない様です(未確認ですが…)あと、園内には亀の瀬の地すべ...

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稲田

私は東大阪市の西部にある「稲田」で生まれ育ちました。正確には稲田で生まれ、実家は旧菱江川跡である「菱屋東」にありましたが、現在は行政区画の町名変更により「稲田新町」となっています。それで、私の生まれ育った稲田について簡単に記したいと思いますが、本来稲田村は現在より東にある「七軒家」付近にあったそうですが、文禄年間に旧菱江川西岸へと村移りし、東に向けて村が開かれていったのだそうです。その後、宝永年間...

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塚山古墳

西石切町に「塚山古墳」があります。自宅から最も近い場所にある古墳ですが、手持ち資料中にもこの古墳に関しての記述が見当たりませんでしたので、詳しい事は分りませんでした。それで、民家が古墳を取り囲む様に建ち並び、その全景を望む事は出来ない(?)かと思いますが、私は「辻子谷」等の石切周辺から生駒山を歩く際や帰路には必ず側を通ります。時折、帰り際に古墳に上り夕暮を眺める事がありますが、それなりの景色を眺め...

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献牛舎

「献牛舎」は石切参道商店街の途中にありましたが、現在は取り壊されています。取り壊し前に設置されていた説明板によりますと、神事で使用する牛車が展示されていたそうですが、その神事である「献牛祭」について詳しい事を私は知りませんでした。それで、建物が取り壊されている事には気が付いていましたが、それが献牛舎だと気が付いたのは、かなり経ってからの事でした。しかし、今思い出すと献牛舎にあったベンチで、時折休憩...

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生駒山の山

生駒山歩きは私の楽しみの一つですが、以前いつもコメント頂きております、はむわんさんが「ちょっとでも突き出た場所を、山と呼べるのであれば、大変なことになるぞ」と仰っていました(>_...

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玉手橋

「玉手橋」は石川に架かる吊橋で、昭和三年(1928)に架けられています。柏原の方なら御存知の橋かと思います。橋の詳細についてはインターネット等で調べる事が出来ますので、その説明は省略させて頂きますが、国内に現存する吊橋の中で、日本最多の五径間となっており、吊橋としては全国初の登録文化財に指定されています。それで、この橋は道明寺から対岸にある「玉手山遊園地」への連絡橋として、大軌(現近鉄)によって架...

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旧軍人恩給相談所

昨年、十三峠へと歩きに行く途中「旧軍人恩給相談所」と書かれた表示板がありました。全く調べずに記事を書いておりますので、詳しい事は分りませんが、このお宅が相談窓口をされているのでしょうか?現在も恩給を受給されている方もいらっしゃるかと思いますが、相談される方はいらっしゃるのでしょうか?私の祖父は従軍していないので、恩給を受給していたと言う話は聞いていませんが、祖父が大阪砲兵工廠に勤務していたので、民...

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暗峠の道路標識

最近、インターネットのとあるサイトで「暗峠にある道路標識」が紹介されていました。実はその時点でその道路標識は撤去されていましたが、通行車両の最大幅が1.3m制限の道路標識との事でした。それで早速、私がこれまで暗峠を訪れた際に撮影した写真を確認しますと、確かに道路標識が写っていました。興味のある方はインターネットでお調べ頂きたいと思いますが、実際には幅1.3m以下の車は現在、存在しないそうで(?)何...

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桜屋クリーニング

これまで、トタン張りのお宅を取り上げさせて頂いておりますが、その中で私が勝手に「桜屋クリーニング工場」と呼ぶ一軒のお宅があります。その「桜屋クリーニング」の方も気にはなっていましたが、別に調べると言う事もしませんでした。それで、ある日歩いていますと「デラックス 桜屋 クリーニング」と書かれた看板を見付けました。かなり古い看板の様に見受けましたが、桜屋さんは現在も営業されているのでしょうか?まだ調べ...

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柏原ワイン

柏原と言えばブドウ栽培とワインの醸造ですが、地場産業としての歴史等の説明は今回省略させて頂き、ちょっとあれこれ書いてみたいと思います。尚、詳しくは「カタシモワインフード」に説明板がありましたので、そちらを御覧頂きたいと思います。それで二十年位前、柏原にある釣堀に休日よく釣行していたのですが、その際「関電道路」を通っていました。旧外環状線からも見えていますが、周辺にはブドウ畑が広がり「柏原ってぶどう...

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掘り上げ田

東大阪市宝町の大阪外環状線沿いに溜池とも水路ともつかない水溜りがあります。地図を御覧頂きますと、はっきり確認する事が出来るのですが、これは「掘り上げ田」と呼ばれるこの地域特有の耕地形態で、かつては現在の弥生町から新町の恩智川西側を中心として南北に分布していたそうです。それで、水溜りの形態は様々だったそうですが、その殆どが一本の水路を中心として両側に枝状に分れるものや櫛状のものが多く、細い水溜りが等...

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長者大橋

「河内街道」が「五箇井路」を渡る場所に「長者大橋」が架けられていました。「藤五郎樋」から下流側が暗渠化され、それに伴い長者大橋は撤去されましたが、現在暗渠部分は遊歩道として整備され、長者大橋の親柱が二基保存されています。それで「長者」と言うのは「鴻池新田」を開発した「鴻池家」の事だそうで、明治四十三年(1910)に施行された行政区画の変更まで、この場所は鴻池新田の東端だったそうです。あと、この場所...

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エネルギー

私いつも生駒山歩きで石切以北から上る際には必ず「水走橋」を渡って行くのですが、その水走橋の擁壁に何とも不思議な絵が描かれています。この絵は「MOT8」さんと言う方が描かれたそうで、詳しくはインターネット等でお調べになって頂きたいと思います。それで、その一部をここで御紹介したいと思いますが、実際の絵はかなり大きなものとなっています。あと、私が気に入っている絵は、おそらくブタ(?)だと思いますが、天国...

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すぎこだちのみち

ある日、生駒山頂からの下山時にハイキングコース途中で道案内板を見つけました。案内板には「すぎこだちのみち 日下 あけびのみち 自転車道路」とあります。今回、全く調べずにこの記事を書いていますが、私が以前聞いた話ではかつて生駒山にはサイクリング道があり、ハイカーと自転車が事故を起こした為、その後廃止されたとの事でした。現在、生駒山は自転車乗り入れ全面禁止となっていますが、残念ながら時折ハイキング道で...

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土砂留

生駒山には幾つかの谷があり、谷川が流れています。江戸時代中期以降、その谷川では水車を利用した製粉、伸線等の「水車稼ぎ」が行われていた事は御承知かと思います。現在、生駒山の谷川は水車を回せる程の水量があるのか?生駒山を歩く度にそう思いますが、その谷川に関して以前より一つ気になる事がありました。それは、谷川の途中に川幅が広げられ池の様になっている場所があります。調べますと、これは「土砂留」と呼ばれるそ...

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平成27年の生駒山

今年も一年を通して生駒山を歩きましたが、いやほんまに山道歩くのは楽しいもんです。それで、月毎の生駒の風景と言いましょうか、まあ総集編みたいな感じで私の選んだ写真を載せまして、ちょこっとコメントを入れてみたいと思います。写真はそれ程大したもんやおませんが…それでは1月ですが、年の初めの登り初めは嬉しい事に雪の生駒山を歩く事になりました。雪の生駒山を登るのは小学校の遠足以来(?)でしたが、何でか雪が降...

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あぜ道テーリング

池島・福万寺周辺には今では見る事が少ない広い田畑を生駒山を背景に今も見る事が出来ます。私、そんなこの地区の田畑が広がる風景が好きで、休日に訪れる事が多いのですが、ある農家の倉庫に「あぜ道テーリング」と書かれた看板がありました。内容は写真を御覧頂きたいと思いますが、第4ポイントとありますので、数か所に設置されているのでしょう?それで、説明にもありますハウス栽培では温度調整の為に暖房を入れているとの事...

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産業戦士像

豊浦町に「産業戦士像」があるのですが、手持ち資料にも記述がありませんでしたので、インターネットで調べますと、詳しく紹介されているサイトがありました。詳細はそちらのサイトを御覧頂きたいと思いますが、私初めてこの像を見た際、漁師の人が網を修理している姿に見えました(?)実際は全く違うのですが、今回「産業戦士」という言葉を初めて耳にしました。あと、サイトでは伸線業についても紹介されていますが、私の叔父が...

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法善寺の小墓

法善寺に墓石や石仏が並ぶ場所があり、地区の所有地と明示されています。以前からこの場所の存在は知っていましたので調べてみる事にしましたが、結論を言いますと、それ程詳しい事は分かりませんでした…それで、写真を御覧頂くと分かりますが、中央付近に地蔵堂があり地蔵菩薩立像がまつられ、その周囲には舟形光背を持つ石仏や六字名号板碑、墓石、一石五輪塔等の石造物があります。現在は地元町会の方々が整備されているそうで...

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亀の瀬地すべり(その5)

「亀の瀬地すべり」も長らく更新していませんでしたが(…)今回で最終回にしたいと思います。ですが、これと言って別に書く事もありませんので(笑)雑記程度に今回は記したいと思いますが、私が亀の瀬と言う場所へ初めて一人で訪れたのは今から約十年前の事で、自転車で法隆寺へと向かう途中、国道25号線を通るのが怖くて(交通量が多く歩道がありませんので…)右岸沿いの道を通ったのがその理由でした。結局、法隆寺へは訪れま...

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土石流警報テレメータ装置

生駒山中に「土石流警報テレメータ装置」と表示された設備がありました。生駒山には様々なものがあり、いつもそれらを見付ける度に「これ何やろ?」って思うのですが、この装置についてインターネットで知らべてみました。その結果をそのまま引用させて頂きますと「遠隔測定のための装置(テレメーターtelemeter)は、測定量を検出して伝送に適した信号に変換する装置、その信号を遠隔場所へ伝送する伝送路、伝送された信号を指示、...

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電話番号札

ある日、生駒山へ歩きに向かう途中、立派な門構えのお宅に「電話 参00番」と書かれた札が掲げられていました。私、これが全く何なのか全く分かりませんでしたので、インターネットで調べてみますと、電話番号だと言う事でしたが、昔の電話番号ってこんな番号だったんですね。知りませんでした(!)あと、写真では見辛いのですが、札の下にあるプレートには同じく「300」とあり、電電公社の社章がありました。それで、この番...