河内彷徨 ~郷土を見にゆく~

私の故郷「中河内」を見に行きます

とある風景(その262)

山を歩いていると、突然何処からか「コツコツコツ…」と木を叩く音がしてきます。ご存じだと思いますが、これは「キツツキ」が木を突つく際に出る音で、山歩きをする際には必ずと言っていい程、耳にする音です。それで、これまで幾度となく写真撮影に挑みましたが、音はすれども姿は見えず、人の気配を感じるとすぐに飛んで行ってしまいますので、上手く撮影する事が出来ませんでした。ですが、今年の初め体調を悪くする直前に歩い...

御縣大教会参道

大県に「御縣大教会参道」と刻まれた立派な石碑がありました。その際写真撮影だけし、帰宅後調べてみますと、石碑の北側に天理教の教会があり、道は参道となっている様でした。因みに石碑は昭和四十三年(1968)に建てられたとあります。天理教と言えば、はっぴを着た信徒さん達が太鼓を鳴らし、歌を歌いながら歩いているのを見かける事がありますが、天理教自体は殆ど詳しい事は知りません。それで、今回は私の暮らす東大阪と...

とある風景(その261)

今日は比較的気温も低く、いつもよりは過ごしやすかったのですが、相変わらず外出は控えております。外出は通勤と通院と整体に通うだけで、他はコンビニにタバコを買いに行くくらいです。ですので、殆ど外出していませんので、前回に続いて枚岡神社に関わるネタとなりますが、枚岡神社社務所北側、ハイキングコースに続く道沿いに石碑が建てられています。それで、その石碑の前に一対の狛犬があります。狛犬に関して詳しい事は分か...

高井田元町の地蔵尊(その4)

高井田元町に地蔵尊があります。地蔵堂内には石仏一体がまつられていましたが、詳しい事は分かりませんでした。見た目は摩耗、風化している様に見えますが、造立年代はいつ頃なのでしょうか?近くに「渡し地蔵」がありますが、同様に江戸時代のものかも知れません。地蔵堂は比較的新しいものだと思います。路地みたいな場所におまつりされていました。(於 東大阪市)...

とある風景(その260)

少しブログをお休みしていましたが、また例のウイルスが流行りだしたのと、この暑さですので、何処へも行かず家にいます。と言う事で、近頃殆ど外出していませんでしたが、以前何となく「枚岡神社」のホームページ(?)を見ていますと、本殿に一番近い場所が紹介されていました。生駒山を歩く際、お参りしてから歩く事が多いですが、いつも拝殿でお参りしてから歩くので、普段本殿を近くで見る事は殆どありませんでした。それで、...

植松町の金毘羅燈籠

「安中新田会所跡」に金毘羅燈籠一基が移設保存されています。燈籠横に説明板がありましたので、詳しくそちらをご覧頂きたいと思いますが、この燈籠は寛政十一年(1799)に建てられたものです。説明文によりますと、かつては村の東口にあり、後に奈良街道沿いの仲之町にあったものを、会所内に移設したとあります。それで、仲之町の燈籠所在地は、かつて旧植松小学校の跡地だったそうで、移設前の写真を見ますと、燈籠の側に跡...

とある風景(その259)

近頃ほんま、町中にあったものが無くなってしまう事が多くなりましたが、その中で一番多いのが建物等の建造物かと思います。写真はご存じの方も多いと思います、二つの旧街道が交わる箱殿東の交差点に建つ、枚岡神社への方向が掲げられていた特徴のあるビルです。建っていると記しましたが、残念ながら取り壊されてしまい、現在その後には別の建物が建てられています。ビルはいつ頃建設されたかは知りませんが、私が中学生(40年...

小松一之輔記念碑

石川の堤防上に「小松一之輔記念碑」が建てられています。この記念碑は、昭和二十三年(1948)に「松井樋水利組合」によって建てられたものです。碑文は漢文で記されていますので、詳しい事は分かりませんが、治水関係に功績のあった事を称え、建立されたものだと思われます。あと、松井樋水利組合について手持ち資料で調べてみましたが、そちらの方も詳しい事は分かりませんでした。以前取り上げました片山町にある「小松市平...

とある風景(その258)

そろそろ梅雨の時期となりましたが、天気の良かった週末に「信貴山」へ行ってきました。勿論、暑い時期が苦手な私ですので、山歩きではなく、単車で行ってきました。それで、単車で行く際は気分転換が目的なので、朝護孫子寺にはお参りはしませんで、山道を走るのを楽しんでいます。コースはいつも決まっており、大和川の「芝山」「亀の瀬」を通り、三郷駅の近くから朝護孫子寺を経て「とっくり湖」を目指します。いつも必ずとっく...

芳沢あやめの墓碑

黒谷にある近鉄信貴山口駅近くに題目碑が建てられ、その側に「芳沢あやめの墓碑」の説明碑が設置されています。今回、本照寺境内にある墓碑の写真は掲載しませんが、芳沢あやめとは江戸時代の歌舞伎役者の事だそうで、碑の説明をそのまま引用させて頂きますと、以下の通りとなります。「芳沢あやめは、五代を数える江戸時代の歌舞伎役者である。初代芳沢あやめは、歌舞伎の女形芸を大成した江戸時代、元禄期の代表的歌舞伎役者であ...

とある風景(その257)

体の調子もかなり良くなり、ぼちぼちと休日に外出していますが、週末は久しぶりに釣行しました。行先は兵庫県の某ダム湖で、初めてのボーと釣りを楽しみました。以前から友人にボート釣りに誘われていたのですが、実は私かなづちなので不安でためらっていました。しかし、年齢の事も考えるといつまでこの釣りを続ける事が出来るかと思い、挑戦してみる事にしました。と言う事で現地に到着すると、ライフジャケットを装着し、私は乗...

茅葺の家(その19)

東大阪市内に茅葺のお宅があります。建物の一部が茅葺となっていますが、当初は別棟として建てられ、書院として使用されていたそうで、後年母屋が建て替えられた際に棟続きとなったそうです。それで、このお宅は代々庄屋を務められ、江戸時代後期、書院は多数の地元文人達が集まる交流の場だったそうです。書院の建築年代について詳しい事は分かりませんでしたが、天保八年(1837)に備中国の文人が訪れたとあるそうなので、建...

とある風景(その256)

突然体が故障してしまい、これまでの様に自由に体が動かなくなってしまいましたが、日常的に軽い運動等をし、少しでも以前の健康状態に戻れる様に日々頑張っております。と言う事で、かなり歩ける様になりましたので、生駒山へ歩きに行く事にしました。しかし、一人では不安と言う事もあり、友人に随伴してもらい、無理だった場合は引き返す事を了承してもらいました。行先は今の時期人気の場所である「つつじ園」で、久しぶりの生...

植樹記念碑

公園や寺社等の様々な場所で、記念植樹を見かける事が度々あると思いますが、そんな記念植樹の側には記念碑が建てられている事が多くあります。それら記念碑の殆どは、道標の様な石柱の形をしたものが多いのですが、時折自然石を使用した立派なものもあります。記念碑には植樹の経緯が刻まれていますが、その中で「明治百年記念」と刻まれているものがあります。お恥ずかしい話、明治百年記念と言うものを私存じませんでしたので調...

とある風景(その255)

昨年末から長らくブログをお休みしていましたが、本年初めての更新をさせて頂きます。実は体調を崩してしまい、歩くこともままならない程悪化してしまいました。当然、好きな山歩きもお預け状態でしたが、治療の甲斐もあり、ここ最近ようやく体が動く様になりました。またぼちぼちと休日に短い時間ですが、外出出来る様になり少し安心と言った次第です。それで、パソコンの前に座る事もままならない状態が続きましたので、コメント...

植松町の稲荷大明神

安中新田会所跡内に「稲荷大明神」がまつられています。勧請の経緯や由緒等は分かりませんが、この場所は表示や会所で配布されているリーフレットには「神舎」とあります。それで、会所内は公開当初は写真撮影が禁止されていましたが、現在は写真撮影が可能となっています。あと、気が付けば一般公開されて10年以上経ちました。あの頃は、休日毎に中河内の色んな場所へ足を運んで楽しかったですが、最近はめっきりその回数も減っ...

あおぞら号

私達の世代(昭和40年代)が小学生の頃、修学旅行の定番は「伊勢」と決まっていた様な物でしたが(?)今の小学校の修学旅行の行き先は何処なんでしょうか?それで当時、修学旅行は近鉄の「あおぞら号」と呼ばれた、団体専用車両が使用されていました。二階建構造でアイボリーと赤のツートンカラーでしたが、ちょっと調べましたところ、世界初のオール2階建て電車だったそうで、私が当時修学旅行で乗車した際、一階と二階をクラ...

とある風景(その254)

昨日、聖天さんへ納め参りに行き、いつもの様に生駒山を越えて徒歩で自宅まで帰りました。ここ最近、週末の日中は気温が高かったので、釣果はいまいちでしたが釣行が続いていましたので、昨日は久しぶりの生駒山歩きとなりました。ですが、山歩きの回数が外出自粛の事もあり、例年に比べると減った事から、体力も比例してかなり落ち込んでしまいました(-_-;)しかし、無理せずに楽しみながら歩き、リフレッシュする事が出来たと思い...