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河内彷徨 ~郷土を見にゆく~

私の故郷「中河内」を見に行きます

とある風景(その227)

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日下にある公園にクジラのモニュメント(?)があります。何でクジラやねん?と思いましたが、東大阪市でクジラの骨が見つかったからでしょう。しかし、所有している調査報告書には布市で出たと書いてありましたが…かわいそうな事に出入り口にあるクジラには、めっちゃ犬のおしっこがかけられています(-_-;)それと、貝もありますが、これは日下で貝塚が出たからって分かります。あと、近くで「河内木綿」って書いてある看板があっ...

大軌の境界坑(その2)

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以前、枚岡駅の東側に「大軌の境界坑」が残されていると、コメントにてご教示頂きました。枚岡駅周辺は、枚岡神社参拝や生駒山歩きの際に通る機会が多いのですが、近鉄の境界坑だけしか見かけませんでした。しかし、今年になって「額田駅」近くで、初めて大軌の境界坑を見つけましたが、以前生駒山中に設置されていた石造ではなく、現在に見られる様なコンクリート製の境界坑でした。それで、大軌の用地買収は、明治四十四年(19...

とある風景(その226)

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今年は体力低下等、諸々の理由で生駒山(地)を歩く機会が、数年前に比べると回数が減ってしまいました。私が生駒山を歩く理由は、第一に生駒山が好きだからです( ^^) あと、山中にある石造物や昆虫、鳥を見ながら歩くのも楽しいものです。例年は、その季節毎に咲く花を見るのも楽しみの一つですが、今年は梅や桜、つつじや藤もゆっくり見る事が出来ませんでしたので、季節感も殆どありませんでした。それで、私は植物に詳しい訳で...

船板塀(その8)

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今回は八尾市にあった船板塀を取り上げたいと思います。これまで取り上げた船板塀のその殆どが八尾にあったのですが、何故八尾に多いのか?と思いつつ、何か理由があるのかも知れませんが、今回もそんな八尾にあった船板塀の蔵を取り上げます。この船板塀は、いつの時代に建てられたものなのか?詳しい事は分かりませんでしたが、湾曲した船材を上手く組み合わせ、多くの船釘もそのまま使用されています。それで、昨年「県立琵琶湖...

とある風景(その225)

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昨日は山にあった滑り台でしたが、今回は燈籠です。この燈籠は東大阪東部の見晴らしのきく、殆ど山の中と言った場所に崩れた状態でありました。何故、この場所に崩れた燈籠があるのか不思議に思いましたが、たまたま近くにお住まいの方にお話しを伺う事が出来ました。その方によると、かつてこの場所には家があったのですが、その後取り壊されたのか?朽ち果てたかは忘れましたが、そのお宅にあったこの燈籠だけがそのまま残ってい...

久宝寺遺跡の碑

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JR八尾駅に「久宝寺遺跡の碑」が建てられています。私、遺跡に関して殆ど知識がございませんので、詳しくはインターネット等でお調べ頂きたいと思いますが、その規模は東大阪市の大蓮から南は八尾市の神武町に及ぶとの事です。碑文には、弥生時代から古墳時代へかけての河内平野の遺跡で、この地は旧長瀬川と平野川に挟まれた扇状地性低地とありますが、私はかつてこの場所に「龍華操車場」があった事を思い浮かべます。小学生の頃...

とある風景(その224)

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現在、外出自粛中ですので、昨日より「とある風景」も当分の間、過去に撮影した写真を掲載しますが、今回は山の中にあった「滑り台」です。この写真2011年の年末に撮影したものですが、生駒山から下山してまだ余力があったので、麓をうろうろしていますと、ポツンと滑り台がありました。周りに民家はあるものの、殆ど人通りのない小高い場所に何故か滑り台があり、何か不思議な風景だったので写真を撮っておきました。今年の初...

農商務省農事試験場畿内支場跡

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JR柏原駅前に「農商務省農事試験場畿内支場跡」の説明板が柏原市によって設置されています。詳しくは設置板を御覧頂きたいと思いますが、その説明によりますと、明治時代から大正時代まで駅北側に所在したそうで、宮沢賢治も見学に訪れたとあります。それで、当時の農商務省農事試験場について調べてみましたが、詳しい事は殆ど分かりませんでした。そこで、明治初期の市域における農業生産について調べてみますと、江戸時代の綿作...

とある風景(その223)

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私は東大阪(正確には布施市)で生まれ、今もずっと東大阪で暮らしています。その間、お馴染みの施設、例えば合併前の三市役所庁舎や市民会館、市民プール等の公共施設は殆ど取り壊されてしまった感があります。あと、最近はイトーヨーカドー等の量販店も閉店が相次ぎ、瓢箪山の関西スーパー(元長崎屋)も店舗自体が取り壊されてしまいました。それで、昔小阪に「ジャスコ」もありましたが、私の中では鴻池の「ニチイ」と並ぶ、若...

東豊浦町のお塚

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暗越えの道の途中にお塚があります。私的には今更と言う感がありますが、生駒山を歩かれる方なら殆どの方がご存じかと思います。まあ、これまで取り上げなかったのも、逆に不思議と自分でも思いますが、詳しい事は全く分かりません。赤い鳥居の奥には、お塚と自然石が所狭しとまつられ、一対と一基の燈籠があります。年号等は確認していませんが、生駒山の西側(大阪側)のお塚や燈籠には、ほぼ江戸時代のものはありませんので、明...

石凝寺跡

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日下墓地内に「行基菩薩火葬場跡 この付近 石凝院跡」と刻まれた石碑が建てられています。石凝寺(院)は、養老四年(720)に「行基」によって建立された寺院で、昭和36年(1961)墓地南方の宅地造成工事に伴い調査が行われ、基壇跡や礎石、屋瓦等が発見されたそうです。詳しくはインターネット等でお調べになって頂きたいと思います。それで、石凝寺に関して手持ち資料の中で最も古い資料(昭和36発行)によりますと...

とある風景(その222)

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最近、例のウイルスの為、なるべく外出は控えていましたが、本日は「聖天さん」にお参りに行ってきました。行く際は電車を利用しましたが、帰路はいつもと同様に山越えで自宅まで歩きます。それで、今日は「燈籠ゲート」経由で歩きましたが、その途中にこれまで無かった表示があり「朝日地蔵」とありました。表示には地蔵尊まで「570歩」とあり、どなたかが万歩計で計測されたのだと思います(-_-;)まあ、570歩かと思いつつ、...

鳥居町の記念碑

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鳥居町に記念碑が建てられています。しかし、民家の敷地内に建てられ、近寄って碑文が確認出来ませんでしたので、どの様な経緯で建立されたのかは不明です。「記念碑」の文字は確認する事が出来ましたが、文字の彫りが浅く、遠目からは判読出来ません。碑文は漢文で刻まれていない様です。この記念碑は「豊浦川」の下流域に建てられていますので、弥生町にある「鬼虎川護岸復旧記念碑」や護岸改修を記念して建てられたものでしょう...

とある風景(その221)

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本年最初の更新は、取敢えず「とある風景」と言う事にしたいと思いますが、ほぼブログもネタ切れで、開店休業状態となってしまいました(-_-;)でも、不定期とはなりますが、まだまだブログは続けるつもりですので、これからも出来るだけ更新して行くつもりでいます。それで、年の初めには生駒山の山頂まで歩く事にしているのですが、昨年は殆ど山歩きをしていなかったのと、歳のせいもあるかも知れませんが、以前より長い時間を歩く...

とある風景(その220)

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本日、数か月ぶりに生駒山へ行ってきました。ハイキング程度に軽く歩いただけですが、かなりきつかったです(ほぼ体力は半減していました…)それで、いつもの様に吉田川跡の堤防道を経て「暗越奈良街道」を歩いて行きますと「宝幢寺跡」に足場が組まれ、シートで覆われていました。昨年の大きな台風の被害により、建物の修理が行われていた様ですが、先月の台風でも建物が被害を受けたのでしょうか?以前より、屋根の修理は行われ...

旭ケ丘延命地蔵尊

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旭ケ丘に「旭ケ丘延命地蔵尊」があります。地蔵堂内には石仏一体がまつられていますが、詳しい事は分かりませんでした。それで、団地内等に地蔵尊がまつられている事がありますが、この府営住宅は、昭和五十一年(1976)に建設された様なので、その頃からおまつりされているのでしょうか?石仏は立像で新しい時代のものに見えます。石仏の記事しばらくお休みになります(於 柏原市)...

多門寺跡

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横小路町に「多門寺跡」があります。詳しくは、現地に市の設置した説明版がありましたので、そちらを御覧頂きたいと思いますが、説明によりますと、江戸時代中期頃まで一つの仏庵があり、廃絶したそうです。現在、民家の傍らに「歯神さん」として、祠内にまつられている自然石には「経塚楠開基多門寺」と刻まれている事から、楠木一族が建立した菩提寺だと言われているそうです。あと、かつてこの場所は村の北端にあたり、藪林だっ...

とある風景(その219)

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本日は山歩き仲間の友人二人と「聖天さん」にお参りに行ってきました。いつもはお参り後、生駒山を越えて歩いて石切まで帰って来るのですが、今回は電車とケーブルカーを利用し、普通に(?)お参りに行ってきました。それで、生駒山も半年以上歩いていませんが、ケーブルの宝山寺から聖天さんまでの参道を数分歩いただけで、へとへとになってしまいました。ここ最近、仕事が忙しくて休日は家でいる事が多くなってしまい、体力も低...

山本町南の地蔵尊

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山本町南に地蔵尊があります。コンクリート製の地蔵堂内には石仏一体がまつられていましたが、詳しい事は分かりませんでした。石仏は摩耗があり、古い時代のものに見えます。地蔵堂には水道も引かれていますので、昔からこの場所でまつられていたのでしょうか?一見すると自然石にも見えます(於 八尾市)...

トタン張りの家(その6)

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これまで中河内に残る「トタン張りの家」を取り上げてきましたが、今回はトタンでは無く「銅葺の家」を取り上げようと思います。銅葺の屋根は社寺建造物等では見かける事がありますが、個人所有での民家ではそれ程多くはないかと思います。私、あまり詳しくはありませんが、腐食等の変色で黄緑に変色する様で判別も容易ですが、それ程その件数が少ないと言う事は、他の茅葺やトタン張りに比べると、葺替えでの費用がかさむからでし...